第142話 滅びゆくいっこう宗の第10世宗主
- 大和(奈良) 高取城 -
摂津(兵庫南東部から大阪北中部)にあるいわゆる大坂本願寺が三好元長さん率いる法華宗一揆軍によって陥落したという報告が入る。ひゃっはーな法華宗門徒衆によって建物は打ち壊され、金品は奪われ、逃げ遅れた何人かの坊主が吊るされたという。因果応報というやつだ。まあ、どちらが最初に原因を作ってこういう結果になったのかは敢えて言わないけどね。
で、大坂本願寺の陥落の報を聞いた高取城を包囲していた一向一揆軍が逃散した。それは本当に見事に逃げ散った。坊さんの激によって自主的に集まった一揆という性質の賜物だろう。一揆に参加した農民のどれだけが自分の村に戻れるかは仏様の御心のままにだ。
ただ、なかには野盗に落ちぶれるヤツもいるだろうから山狩りすることも進言しておく。大和(奈良)の一向一揆軍は排除したし、京に帰ろうか。
- 京 山城(京都南部) -
京に入ったところで軍を解散させる。ごくろうさまと約束していた額より少し多くの金を払うと、大変喜ばれた。ついでに陣借りし、仕官を望み、こちらが使えると判断した牢人たちを200人ほど召し抱える。
赤井時家や内藤国貞といった丹波(兵庫東部から京都西部)の元有力国人がいて、仕官を望んできたのは僥倖だ。まあ仕官したからと言って旧領が安堵される訳じゃないけどね。
「山科本願寺を包囲していた僧兵の一部がこちらに向かっています」
今川貫蔵さんが報告してくる。僧兵たちは一向一揆軍の救援が来たと勘違いしたのだろう。大坂本願寺が陥落した以上、山科本願寺は畿内最後の拠点だから、援軍が来る可能性はある。備えるのは当然だが・・・
「斥候を放って旗指しを確認したら、我々が一向一揆軍という勘違いはしないはずですが?」
戸次親守くんが首を捻る。まあ普通はそうなる。けど、彼らにすれば同門でもない限り、武装した集団が味方だという認識はしない可能性はある。いずれにせよ、ある程度の数を背景に高飛車に接触してくることは別に間違いじゃないんだけどね。
「ひ、比叡山の僧で雲海と申します」
簡単に設置された陣幕の中で、山伏のような服を着た、しかし僧には見えないガタイのデカい男が頭を下げる。
「畝方石見介元近。いや、施薬院欧仙と申します」
俺もまた頭を下げる。
「で、我らは大和で一向一揆軍を討伐し丹波に戻る予定だが何用か?」
なるべく仰々しく尋ねる。
「いえ、その、施薬院さまの軍とは知らず」
雲海はしどろもどろに答える。視線はあっちこっちに泳ぎまくっていて挙動不審感が酷いし、雲海の顔から汗がしたたり落ちているのも判る。木っ端の武士が来たと脅し半分に乗り込んでみたら、西国を統一した毛利氏の幹部のひとりで京でも有名な武将だったでゴザルというやつだな。どんな罰ゲームだよと心の中で叫んでいるのが手に取るようにわかる。
「もういちど尋ねる。何の用だ」
「いえ、拙僧は挨拶にお伺いした次第で、あり・・・」
とつぜん雲海が渾身のジャンピング土下座を敢行する。
「ここで不動明王のお力により疱瘡神を調伏しせし行者さまに拝謁できたこと恐悦至極に存じます」
雲海の額が地面に打ち付けられ、ごっという鈍い音が響く。ええっと罰ゲームとかじゃないんだ。というか、なんかとんでもない肩書きがついているような?
「ああ。うん。そうか。問題なければ行軍を再開したいのだが」
「はっ。それは問題ありません。それと・・・」
雲海は懐から一巻きの紙を取り出す。
「一筆お願いいたします」
ええっと
「上に、施薬院さまの軍であったと納得させなければ物理的に首が飛びます故」
?をまき散らしている俺に向かって雲海は、自分の手をトントンと自分の首に当てる。仕方ない。小姓に墨を持って来させ、差し出された紙に狸の顔を描いて欧仙と、今日の日付をアラビア数字で書き記す。かなりコミカルなサインだな・・・
「家宝にいたします」
雲海は仰々しくサインが描かれた紙を掲げると謎の踊りを舞いながら出ていく・・・ちょっと待って欲しい。
- 施薬不動院 -
大和から京に戻って一か月。
「畿内の宗教勢力の動向を報告をいたします」
服部半蔵くんが小さく頭を下げる。
まず大和に攻め込んだ一向一揆軍は壊滅。河内(大阪東部)顕証寺、大坂本願寺、山科本願寺ともに焼失。死者不明者不明(そもそも自主参加のため推測すら不可能)
本願寺の実質トップだった本願寺蓮淳は、次男である本願寺実恵が住職を務める伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)長島の願証寺に落ち延びる途中、水と食料を求め南近江(滋賀南半分)の堅田本福寺に立ち寄ったが、追い出されたところを落ち武者狩りに襲われて、山中にて自死。
いままで散々嫌がらせをしてきた寺に助けを求めるとかなかなか良い根性をしていると思う。
そして・・・
どすどすどす
「欧仙さ~ま~」
どすどすどす
「欧仙さ~ま~」
どすどすどす
「欧仙さ~ま~」
野太い声が響いてくる。
「も~背負い投げぇ~」
どごんという鈍い音が響く。誰か投げられたらしい。
「どんだけぇ~」
野太い声が咆哮となって響く。燃え盛る山科本願寺から命からがら逃げてきた一向宗の第10世宗主証如。下駄のような顔、ゴツイ身体のおねぇだった・・・
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