第141話 弱った所から喰われていくのが習い

- 大和(奈良) 高取城 -


「向かってくる奴らは根切だ。死後の世界を保証されている信者に降伏はないぞ」


「「「おう」」」


 戸次親守くんの掛け声に兵士たちが応える。大和高取城に陣を張って約三日ほど一向一揆軍を攻めているけど、戸次親守くんは、攻める前には兵士たちに向かって必ずこう諭す。この時期の一向宗はまだ根性が座ってないのか、結構「命大事」で徹底抗戦をしてこない。ただ、念には念をだ。


「掛かれ!」


 戸次親守くんの掛け声とともに少数の弓隊から弓が放たれる。本当はまず弓でガッツリ減らしたいのだけど、こればっかりは無いものねだり。まあ、背後から攻撃される一向一揆軍は櫛の歯が削れるように減っているけどね。


「よし引き上げるぞ法螺貝を吹け」


 十分に被害を与えたという手ごたえを得た戸次親守くん。撤退の合図を出すよう指示を出す。「まだいける」は引き際のサイン。この辺は戸次親守くんは見誤ったりしない。相手が追いすがってくるようなら後方で控えているいる俺たちの所まで引っ張って来て、その後反転して叩けばいいのだ。

 と、戸次親守くんの撤退に気付き、一部の一向一揆軍が釣り出されて追撃してくる。


「よし。いらっしゃいませ!だ。側面に回り突き崩せ」


 待機していた20騎ばかりの騎馬兵に突撃を命じる。今回連れてきた馬は、体高が180センチ近くの大型で、がっしりとした体格の馬だ。移動だけではなく攻撃にも使うことにしている。騎馬兵たちが携えている武器は、刺突に特化した西洋の大型槍であるランス。今回の攻撃は、ただひたすら突進するだけだからこれでいい。


「「「「うおおおおおおおおおおお」」」」


 雄叫びと共に一向一揆軍の雑兵に突っ込んでいく。良くて穂先の錆びた短槍。大半が長い木の棒や木製の鍬。先を削った竹槍といった貧相な武器を振りかざすだけの一向一揆軍にこの突撃を迎え撃つだけの力は無かった。

 馬の突撃を受けた一向一揆軍の塊は割かれ、たちまちのうちに散り散りになる。一方的な蹂躙といって良い。


「首領。北近江(滋賀北半分)坂本の僧兵が動きました。その数500」


 追撃してきた一向一揆軍を撃滅していたところに世鬼煙蔵さんが姿を現し報告する。どうやら、俺が指示してばら撒いた噂に比叡山の僧兵が喰いついたようだ。


「しばらく背後を気にしなくていいのは僥倖だが・・・どうした何かあるのか?」


 世鬼煙蔵さんが、なんとなく面白くなさそうな、気まずそうな顔をしていたので尋ねる。


「京で手紙を預かって参りました。なんでも、いざというときに、本願寺の第10世宗主の身柄を預かって欲しいと」


 そういって世鬼煙蔵さんは懐から二通の書状を取り出す。一通の手紙の主は内大臣の九条稙通さん。俺が施薬院欧仙として京で動く場合、俺の上司にあたるひとだ。ちなみに三条西実隆さんこと逍遙院さんの娘婿。もう一通の手紙の主は主上の弟である尊鎮法親王さま。

 本願寺証如は、朝廷内での立場確立のために、2年前に亡くなった九条稙通さんの父親である先の関白九条尚経の猶子(ちなみに猶子というのは、養子よりは立場の軽い親子関係のこと)となり、尊鎮法親王さまを師と仰いで出家した坊主だ。

 どうやら比叡山の僧兵が攻めてくることが判って、逃げられる場所を探しているのだろう。うーん無視したいけど無理だろうな・・・「第10世宗主さまが京にお越しの際、施薬不動院を宿としてお貸しすることは出来るでしょうが、その後の面倒までは見ることが出来ない」という内容のものを相手が気を悪くしないように書簡に記して花押を書くと世鬼煙蔵さんに渡す。


「手紙を届けるだけでいいよ。逃亡の手助けをする必要は無いからね」


 一応念のために、世鬼煙蔵さんには大きな釘を刺しておく。手紙を届けるついでに本人を拾ってきても困るので。


「他に動きはある?」


「はっ。越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)の宗滴殿と南近江(滋賀南半分)の六角四郎 (定頼)殿が兵を集めています」


 どうやら細川晴元くん。一向宗の暴走に驚いて早々に本願寺を切ることにしたようだ。まあ、掛け声ひとつで数万人の信者がどこからともなく集まってきた事を考えれば当然だよね。ここはしっかりと利用させてもらうけど。


「煙蔵さん。ついでだから、細川殿が本願寺を裏切って攻め滅ぼすつもりだっていう情報も本願寺に届けておいてよ」


「御意」


 世鬼煙蔵さんは大きく頭を下げて姿を消した。

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