甲斐編
第126話 甲斐の麒麟と渾名される男
※1 諱、名前等 史実ではありません
- 土佐(高知) 山路城 -
甲斐(山梨)にブドウの苗を取りに行くと言った司箭院興仙さんは10本ほどのブドウの苗をもって俺に会いに来た。
「甲斐の武田信虎が小山田信英(※1)いや、いまは信虎から諱に虎を貰って虎親を名乗っておるか、虎親という麒麟を手に入れた」
諱をそこまで大胆に変えるってどうよ?とは思うが、無い訳ではない。小山田虎親の父は小山田信有という名前らしいし。
「麒麟が頭角を現したのは2年前らしい」
- 三人称 -
1528年(享禄1年)3月
- 神戸境川近郊 -
前年、駿河(静岡中部から北東部(大井川以東))と遠江(静岡大井川以西)の守護である今川氏輝と和睦した武田信虎は北の信濃(長野及び岐阜中津川の一部)に侵攻する。甲斐と信濃の国境沿いで武田信虎の兵2000は諏訪上社の諏訪頼満と頼隆の親子が率いる兵2500の軍勢と対峙する。
朝、富士見高原で行われた戦いは武田軍が勝利。その勢いを駆って境川まで侵出する武田軍。先ずは口合戦。まあ悪口とか挑発の類。次に石の投げ合い。ガキの喧嘩の延長線上とも言える。コストの安いものから消費しているとも言えるのだが・・・
「進め!」
武田信虎が命令を下すのと同時に武田軍が動き出すと諏訪軍から矢が飛び、武田軍は動きを止め、さっと盾がかざされ、矢が防がれる。止まったことで武田軍から矢が放たれる。ジワジワと武田軍と諏訪軍の距離が詰まる。
そして三間(約五・四五メートル)の槍を持った小山田信英が姿を現す。その後ろには同じように三間の槍を持った兵士が200人ほど続く。
「あれが、例の毛利の長槍か」
「はっ」
武田信虎の問いに、彼の供回りのひとり、真っ赤な鎧を着た飯富虎昌が頷いて答える。
「ふむ。確かに信英が言うように遠い所から敵を叩けるというのは有利よの」
武田信虎の眼前で、小山田信英隊が手に持っていた槍を大きく振り上げ打ち下ろす。数刻打ち合うが、一方的に殴られることが多い諏訪軍は崩れた。
「赤備え突撃せい」
崩れたのを見た武田信虎は突撃を指示する。
「はっ」
飯富虎昌は乗っていた馬の手綱を引いて戦場に向かって駆け出す。そして飯富虎昌に続くように50騎ほどの赤い鎧を着た騎馬が後に続く。あっという間に諏訪軍の側面に展開する。
「攻撃だ!」
飯富虎昌たちは颯爽と馬を飛び降り諏訪軍の側面に突撃を開始する。50騎ばかりの赤備えが諏訪軍を縦横無尽に切り裂いていく。
諏訪軍の陣内。逃げ出そうとした兜首の前に小山田信英が立ち塞がる。
「諏訪安芸守(頼満)とお見受けいたす。我が名は小山田弥三郎信英。お覚悟召されよ」
小山田信英はひゅんひゅんを長槍を振り回す。
「ぐぬぬ。諏訪安芸守、いざ参る」
がし
振り下ろされる小山田信英の長槍とそれをかざして受けとめる諏訪頼満の太刀。ぎしぎしと軋む音が響く。
「父上!助太刀いたします!!」
ひとりの若武者が小山田信英に斬りかかる。
「引っ込んでいろ」
小山田信英は若武者の太刀筋を僅かに引いて躱すと、長槍の石突きで若武者の胸を突いて弾き飛ばす。
「くっ、頼隆。引け。お前では勝てぬ」
弾き飛ばされ、口の端から血をこぼす嫡男、諏訪頼隆を見て諏訪頼満は叫ぶ。
「そうはまいりません!」
諏訪頼隆は口元の血を拭い立ち上がると、再び小山田信英に斬りかかる。
ガコッ
音と共に小山田信英は振り下ろされる太刀を長槍で弾き飛ばす。
「一足先にあの世で待ってろ」
まんま悪人の台詞を吐きながら、小山田信英は諏訪頼隆に向かって長槍を突き出す。
「がはっ」
突き出された長槍に貫かれたのは諏訪頼満。
「ち、父上」
「逃げろ・・・おのれは諏訪家の次の頭領ぞ」
そう言って諏訪頼満は自分に刺さった長槍を切り飛ばす。
「父上!御免」
大声を出しながら駆け出す諏訪頼隆。
「ふん。まあ、その意気や良し」
小山田信英は持っていた長槍を投げ捨て、腰の小太刀を抜くと諏訪頼満の首に突き立てる。
「諏訪安芸守、小山田信英が討ち取った!」
小山田信英は切り離した諏訪頼満の首を掲げて叫んだ。
「おお、勝鬨をあげろ」
掲げられた首兜を見た飯富虎昌が大声を上げる。
「「「「「「えいえい、おー」」」」」」
野太い声が戦場を包む。
武田信虎は潰走する諏訪軍に対して追撃を命じる。諏訪大社まで逃げ込むことが出来た諏訪頼隆だが、諏訪大社を武田軍に包囲されると逃げ切れないと判断し、降伏を引き換えに自刃する。
武田信虎は、諏訪大社上社の宝鈴を鳴らして諏訪氏の武田氏への従属と諏訪湖一帯の占領を宣言した。
小山田信英は諏訪頼満を討った功績を称えられ、諱に虎の一字を賜り虎親、小山田虎親を名乗ることを許されたという。
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