第127話 甲斐の虎 武田信虎
1529年(享禄1年)10月
- 武蔵(東京から埼玉と神奈川の一部) -
扇谷上杉朝興が兵1500を率いて蕨城を出陣。東進する途中で岩付城の太田資頼の兵1000と合流し江戸城を攻めた。これに呼応する形で武田信虎は配下の小山田虎親に命じて、兵1500で甲斐(山梨)と相模(神奈川の大部分)の国境にある津久井城を攻める。
江戸城を攻略した扇谷上杉朝興は江戸城に兵500を残し兵2000を率いて南下。津久井城を攻略した小山田虎親は津久井城に兵500を残し兵1000を率いて東へ進む。そして、ほぼ同時期に小机城近くで合流した。
現代風に言うと扇谷上杉朝興と太田資頼の軍がさいたま市から皇居を経由して横浜に、小山田虎親は都留から相模原を経由して横浜に至ったと言えばいいだろうか?
一方迎え撃つ北条方の小机城の城代は、北条氏綱配下の笠原信為と兵1000。笠原信為は早々に城に立て籠もり、味方の後詰めを待った。
「厄介だな・・・」
上杉朝興は眉間にしわを寄せ唸る。程なく南にある玉縄城から北条氏時が後詰めに来るはずで、時間はあまりかけたくない。
「兵法によれば、城を攻めるには兵力差が三倍必要とか・・・」
小山田虎親の進言に上杉朝興の眉間のしわは更に深くなる。上手くいけば勝てる戦力差だが、こちらは船頭の数が多い。
「先ず
小山田虎親が提案する。
「殊勝なことを・・・どういうつもりだ?」
上杉朝興は小山田虎親を胡乱気な目で見る。
「まあ、若気の至り?」
「なんだ?その負けを前提にした理由は・・・」
「はっはっ。無謀は若さの特権。やらせてみればいいではないですか」
からからと嗤いながら太田資頼が小山田虎親の攻めるという案を支持する。太田資頼が支持するのは、勝っても負けても損害を被るのは武田というのが理由だろう。
「まあ、とりあえず一当てします」
小山田虎親は小さく頭を下げると自分の陣に戻る。やがて準備を整え小山田虎親隊はスルスルと動き出す。
「掛かれ」
小机城は標高42mの丘に築かれた城だ。木の切り株を年輪で掘った感じで山道と空堀が巡らされている。その細い道を竹の盾をかざした兵が駆け上がっていく。降り注ぐ矢は竹の盾によって効果がイマイチである。あっという間に、小山田虎親隊城の中腹まで攻め上がる。
「中々やるではないか」
思いの外攻略が進んでいるのを見て上杉朝興はほくそ笑むが、不意に戦場に、「わー」という鬨の声が上がる。
「なんだ!?」
上杉朝興は声のした方を見る。そこに翻る旗指しに描かれているのは北条の三つ鱗。
「やあやあ、我こそは北条新九郎氏康なり!」
見た目にも幼い少年が名乗りを挙げる。後詰めに入った北条氏康は小机城に入らず、迂回して背後から上杉朝興の本陣に奇襲することを選択したのだ。
たちまちの内に動揺する上杉朝興軍。太田資頼軍が救援に駆け付けるが、裏崩れが起きて崩壊する。
「え?何だ?」
城の中腹で奮戦していた小山田虎親は、麓で混乱し散り散りになる上杉朝興軍を見て目が点になるが、すぐに立て直す。
「予定とは違うがここいらで逃げるぞ。俺がケツ持ちする。速やかに下がらせろ」
「はっ」
供回りのひとりが駆けていく。早々に壊乱した上杉朝興軍とは違い、粛々と引いていく小山田虎親軍。程なく戦場を離れ、少ない被害で小山田虎親軍は津久井城に撤退することに成功する。
一方、散り散りに逃げ出した上杉朝興軍は北条氏康軍の徹底した追撃を受ける。上杉朝興は攻略した江戸城も放棄し、蕨城まで逃げ込んだ。
上杉朝興軍を蹴散らした北条氏康軍は、蕨城ではなく薄手になった岩付城を攻める。太田資頼は岩付城を放棄し石戸城に撤退した。「
なお、大勝した北条氏康が、「勝った、勝った」と叫んだことから、勝坂と呼ばれるようになった場所があるとかないとか・・・
大敗した上杉朝興は甲斐の武田信虎に追加で援軍を求める。援軍の要請を待っていたかのように甲斐を出陣した武田信虎は、兵4000を率いて蕨城に入る。
その後、武田信虎は兵を分け、飯富虎昌に兵1500を預けて岩付城に。自らは兵2000を率いて江戸城を攻めて、これを攻略する。また、上杉朝興を丸め込んで河越城へと追放。もとい下がらせ、蕨城には城代として小山田信有を入れる。
武田信虎は、上杉朝興を守るという名目で江戸城と海を手に入れるのであった。
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