第117話 来島騒動 その1
1529年(享禄2年)3月
山科言綱さんは有職故実という朝廷の儀式や武家の作法とかを研究して指導する、いまでいうマナー講師を家業にしている家の頭領。あと笙や医学にも通じているらしい。奥さんは寿桂尼の姉で、嫡男は戦国の寝業師こと山科言継さん。
「はい。お疲れさま」
背の高い頬のこけた男がパンパンと手を叩きながら、笙を演奏していた男たちの労をねぎらう。どうやら笙の演奏を指導していたようだ。
「いやーお見事」
司箭院興仙さんが拍手するとそれに気が付いた山科言綱さんがこちらに顔を向ける。
「おお、司箭院殿。今日はどのようなご用件で?」
「薬師寺の金蔓じゃよ。まあ京では施薬院欧仙のほうが通りがええな」
「おお、噂に聞く大江の小槌殿か」
大江の打ち出の小槌とかまた変な渾名がついてるな・・・
どうやら、御伽草子に乗っている話のひとつにでてくる振ると金銀を出す打ち出の小槌と思われているらしい。なお、御伽草子に乗っている話のひとつとは一寸法師のことらしい。この時代だと、嘘で貴族の娘を手に入れるパターンのやつかな。
「で、儂は名誉と引き換えに何をすればいいのかね?」
流石だ話が早い。
「四国の西園寺氏と一条氏を上手く丸め込めませんか?」
「西園寺や一条に益は?」
「毛利は禄も銭で払います。収穫に左右されたり任せた国人に横領されることもないかと」
いま公卿や朝廷が貧困を極めているのは地方にある荘園を武家に横領されたのが原因だ。
「所領の管理を委託するのと変わらないのでは?」
「所領に意味があるのは最初に基準を算定するときだけですよ。所領のアガリで毎年の碌が変わる訳ではありません」
「凶作で収入が減っても貰える碌は変わらないと?」
「財布が同じですからね」
山科言綱さんがふむと唸る。戦国時代の政治は、簡単に言うと朝廷と将軍をお飾りにした地方分権。しかも報酬は領地本位制だ。ある程度領地が広がると、領地を守りに入る。それ以上の拡大を止めてしまう。史実の元就さまが中国地方の支配だけで天下を望まなかったのもそのためだ。そして織田信長が全国を統一できたのは、織田信長が領地に固執しなかったのが大きい。
毛利氏家臣団に領地を元就さまに返上させたのは、領地を守るという楔を外すためでもある。あと、統一後にどういう政治体制に移行するにせよ、いまの土地の所有権を一度リセットしないこと話が先に進まないというのも大きい。
「公卿には公卿の戦い方があると思うのですよ」
「解った。京の西園寺と一条は儂が、伊予(愛媛)と土佐(高知)には息子を派遣しよう」
山科言綱さんは承諾してくれた。
1529年(享禄2年)4月
- 安芸(広島) 広島城 畝方屋敷 -
伊予の河野通直さんが来島村上氏の頭領である村上康吉さんを通じて毛利家に臣従した。ただ河野通直さん、家臣団に諮ることなく勝手に決めたらしく、このことに家臣団が大激怒。分家で予州家の頭領である河野通存を立ててこれに反抗。
正岡経貞、重見通種、平岡頼房、大野利直らが兵2000を率いて河野通直さんの居城である湯築城を攻めた。当然だけど、元就さまは村上義雅くんに瀬戸内毛利水軍と兵1000を与えて後詰めに送るらしい。
「で、俺に助太刀して欲しいと」
「はい」
そう言って、今回の作戦の総大将に任命された村上義雅くんが深く頭を下げる。うーん。手伝うのは簡単なんだけど・・・ただ、いけいけドンドンで出撃して大失敗するよりは、こうして聞きに来るだけマシか?
「とりあえず作戦を聞かせて」
そう水を向けると、村上義雅くんは地図の上に駒を置き始める。
ふむふむふむ
ふむふむ
ふむ
・・・
あかん。
河野家臣団は、豊後(大分南部)で毛利の強襲上陸作戦を支援していたから大まかなことを知っている。当然だが、河野通直さんが毛利氏に臣従したことで毛利氏が後詰めを送ってくることを奇襲上陸されることも想定しているはずだ。工夫せずに突っ込んだら失敗すると指摘する。
「ではどうすれば?」
「うーんじゃあ机上演習と行こうか」
机上演習と言うのはいまでいうボードゲームによるシミュレーションゲームのことね。ちなみに六面のサイコロの他に四面、八面、十面、十二面、二十面のサイコロがある。はいそこT-RPGとか言わない。で、義雅くんの顔色なんだけど、サイコロ運関係なくどんどん青くなっていったよ。
上陸する小舟をあれやこれやで叩くのは当然だよね?
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