第104話阿輸迦(アソカ)作戦 勢場ヶ原の戦い

- 豊前(福岡北東部から大分北部)と豊後(大分南部)の国境付近 -


- 三人称 (大友サイド)-


 臼杵長景軍の兵3000が豊前大村山の山頂に到着したのは、そろそろ昼となる時間だった。眼下に見える勢場ヶ原と呼ばれる緩やかな丘陵には、一文字に三つ星の家紋が描かれた旗物差しが見えている。その旗物差しの数から推測される兵数はおよそ1000。


「なんとも不思議な光景よの」


 臼杵長景は眼下の勢場ヶ原に見える光景に思わず顔をしかめる。まさか、生国である豊後から来た兵に攻められる光景を見るとは思っていなかった。


「あれが中国地方のほぼ4か国を有する毛利の軍ですか」


 まだあどけなさが残る少年、田北鑑生が感嘆の声を上げる。


「まさか、本当に毛利軍なのですね・・・兵は2000と聞いていたのですが、多く見積もっても1000に足りますまい」


 目付きが鋭い頬のこけた男、寒田親将は眼下にたなびく毛利の旗印を見て苦笑する。


「兵力差3倍ですか、これは余裕ですな」


「はは、慢心しては勝てる戦も勝てませんぞ」


 臼杵長景は笑顔で軽口を言う寒田親将をたしなめる。


「近江守殿は慎重ですな。なに一当てして我らの敵でないことを証明して見せましょうぞ」


 寒田親将は乗っていた馬の尻を叩く。


「そうだな。突撃だ!」


 臼杵長景の号令で、法螺貝が吹き流され臼杵長景軍の兵士か山を駆け下り始める。そして、峠を駆け下りたそのとき・・・


 ぱーん


 乾いた破裂音が辺りに響く。


ぐらり


 臼杵長景の目の前にいた馬回りの兵の身体が崩れるように馬から落ちる。と同時に臼杵長景軍の中軍めがけて大量の矢が放たれた。


「な!伏兵だと?」


 臼杵長景が叫ぶのと馬回りの兵が降り注ぐ矢から臼杵長景を守る行動が重なる。馬と馬回りの兵が呻き声を上げて、馬ごと崩れる。


「お逃げください!」


「なっ」


 撤退を進言した兵にも矢が刺さり崩れる。臼杵長景は慌てて馬を返す。


「近江守殿、早くここからお逃げください」


 何本もの矢を背中から生やした寒田親将が馬を寄せてくる。


「貴殿はどうする」


それがしは殿としてここに残ります。あ、鑑生を探して連れていってください」


 寒田親将は、つい数刻前まで浮かべていた笑いとは違う悲壮な笑みを浮かべる。


「わ、解った。撤退する!」


 臼杵長景は小さく頭を下げて今来た道を戻る。臼杵長景を見送った寒田親将は、伏兵からの矢の勢いが弱くなったのを確認して勢場ヶ原に向かって馬を走らせる。


「我は周防(山口南東部)の杉次郎左衛門興相である。お相手いたそう」


 毛利軍から一人の男が馬に乗り槍を持って出てくる。


「寒田三河守親将。参る!」


 寒田親将も持っていた槍を振りあげて叫ぶ。


 がっ


 ぎぃ


 ごっ


 槍と槍が打ち合わされる音が響き渡る。


「やぁ!」


 寒田親将は槍を突き出すが、杉興相はこれを難なく槍で弾く。


「そい!」


 杉興相の突きが寒田親将の胸を貫く。


「ぐはっ」


 大量の血を吐いて寒田親将は馬から落ちた。


「寒田三河守討ち取ったり!」


「「「おおおお」」」


 戦場に歓声が上がった。


 - 毛利サイド -


 福原広俊軍の兵2000が大村山の麓である勢場ヶ原と呼ばれる緩やかな丘陵に到着したのは前日の夕方近くだった。


「よし。案山子と旗指を展開させよ」


 福原広俊は部下に指示を出すと、あっという間に旗指と人形が立ち始める。人形といっても、1メートルほどの杭を地面に打ち込み、その上に布を被せて縛っているだけだが。作業が終わると弓を持った兵と木の杭を持った兵が大村山へと続く山道の脇へと分け入っていく。その数700。山道の脇に到着した兵はチキパキと杭を立て、明暗のある草色の布をかけていく。


「此度は栄えある一番槍を仰せつかり感謝しております」


 福原広俊の元に畝方元近の部下である東郷十三とうごうじゅうぞうがやって来て大きく頭を下げる。


「いやいや。東郷殿の持つ畝方殿の鉄砲の威力は知っております」


 福原広俊は笑う。


「では行って参ります」


 東郷十三はいま一度頭を下げて弓兵たちのほうに歩いて行った。


 - 翌日 -


 ぶおおおおおおお


 天空に日が昇る頃、辺りに法螺貝の音が響き渡る。


「ふむ」


 福原広俊は法螺貝の音を聞いて大村山の山頂を見る。


「では予定通り」


 福原広俊の命令に「はっ」を伝令兵は返事をして立ち去っていく。やがて山の方から鬨の声が上がる。


「ふっ」


 山道近くのチョット小高い所に身を隠していた東郷十三は鉄砲の火縄に火を付ける。


 がこ


 レバーを引くと鉄砲の上部に穴が空く。東郷十三はその部分に金属の筒を装填すると山道に向ける。この鉄の筒。頭には紡錘型の鉄の塊、中身は火薬。底に小さな穴があり、穴は通常は紙で塞がれている薬莢と呼ばれるものだ。

 この小さな穴の紙の部分に火縄を押し当てると火が付き火薬を炸裂させ鉄の球を飛ばすという仕組みになっている。

 やがて先駆けらしい兵が通り過ぎ、次に馬に乗った兵が駆けていく。


「最悪合図でいい」


 東郷十三は小さく息を吐くと引き金を引いた。


 ぱーん


 乾いた破裂音が辺りに響く。


 ぐらり


 馬に乗った兵の身体が崩れるようにして落ちる。同時に少し下の位置にあった布が跳ね上げられ、弓兵が姿を現すと矢を射かけはじめる。


「良いじゃないか」


 東郷十三が鉄砲のレバーを操作すると鉄砲の底に穴が空き、そこからから薬莢がポトリと落ちる。

「がしゃ」っと慣れた手つきでレバーを動かすと、今度は鉄砲上部に穴が空く。東郷十三は素早く薬莢を装填すると再び鉄砲を構えるのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る