第75話施薬院欧仙(仮)

 朝廷から使者が来て正式な詔があり、元就さまも晴れて従五位下右馬頭に任じられた。そして俺と元就さまの主上(いまは後柏原天皇の御代)への謁見も正式に決まったよ・・・元就さまと一緒になって大騒ぎしたのはいい思い出。

 で、そのときに使者さまから、俺が主上に謁見するのに必要な官位を用意するという話になった。なにしろ江戸時代には献上された象を陛下が天覧するのに、無位無官の象では謁見できないということで「従四位広南白象」なる官位がでっち上げられたぐらいだからね。


「麿は典薬頭が良いと思うでおじゃる」


「典薬頭は帝や公家といった高貴な方々を診る典医の官位でおじゃる。此度の疫病での働きは関係ないでおじゃろう」


「小森家からの反発もありましょうや」


「しかりしかり」


 と、お公卿さん(上位の公家)の中に、俺が疱瘡撃退に尽力したことで朝廷内の医療を司る典薬寮の長官を推す声もあったらしいけど、典薬頭は長らく公家の丹波氏の一族による世襲であるとして、丹波氏の一族で現典薬頭の小森氏から拒否されてしまったそうだ。

 もっとも、単に拒否するだけでは今回の疱瘡騒動に対してほぼほぼ無力であり、朝廷にも民衆にもかなり心証が悪いと思ったのだろう。典薬頭以上に現在では形骸化している庶民の救済施設である施薬院の施薬院使に任じてはどうか?という上奏が小森家からあった。

 いろいろ駄々をこねて特権を手放さない公家からの上奏に、朝廷は素早く動いた。まず長らく空位だった施薬院の長官である別当に藤原氏の一族である九条稙通さんを据えると、俺を施薬院使に任命。また、昇殿の許可証である昇殿宣旨が与えられても不思議に思われない正六位を授けることになったそうだ。従五位下じゃないのは主君である元就さまとの関係を考えての事だろう。

 ちなみに施薬院は、豊臣秀吉の時代に秀吉の側近の一人で丹波氏の後裔で全宗という僧が正親町天皇から勅命で復興させるのだが、俺が時計の針を進めたことになる。

 俺が官位の内示を受諾したので、元就さまが官位授受のお礼のために上京する時期に併せて任命してもらうよう手配をして貰う事になった。



「畝方三四郎元近の名で正六位の施薬院使は色々と支障が出ると思うのですが・・・」


「出家して名前を変えるか?」


 俺の悩みに元就さまがボソリと答える。ああ、なるほど。それは良い手だ。さっそく京の司箭院興仙さんに相談しよう。そうだなぁ・・・朝廷では施薬院欧仙せやくいんおうせんとでも名乗ることにするかな?まあ色々と手遅れな気もするけどね。

 なお俺の官位授受は、毛利氏家臣の皆様にはほとんど嫉妬されなかった。これは正六位ぐらいの官位なら数貫文ほど寄進すればそう難しくないのと、施薬院使が武家の名誉に関係なかったからだろう。もっとも、毛利氏領内に流通する酒の全てを握ってる俺に嫌がらせをする家臣は居ないんだけどね。


「ところで殿。それがし以外の忍衆を組織されたと聞きましたが?」


「忍衆というよりは煽動衆だな。坂広時の一族を滅ぼした時に目印に使った琵琶法師がいただろ?」


 元就さまは笑う。この時代の専業武士、しかもある程度の地位についたりすると、戦でもない限り特に農閑期の暇なときは本当に暇になる。そこで活躍するのが古今の物語に精通している琵琶法師だ。武士は文化人っぽいことができて琵琶法師は食い扶持を得るという関係が出来上がる。

 元就さまはそこに目を付け、安芸国内の潜在的な敵対勢力に煽動琵琶法師を送っているのだそうだ。で、今回の吉川興経のお家騒動に繋がったと。なるほど国経さんや経友さんが難なく吉田郡山城に逃げ込める訳だ。折角なので正式に煽動衆の頭領との顔合わせをお願いする。


「お初にお目にかかります。畝方三四郎元近と申します」


「お初にお目にかかります。角都五朗忠且かくずごろうただかつと申します。角都法師とお呼び下され」


 坊主頭に小ざっぱりした法衣姿の老人が目を瞑ったまま頭を下げる。おそらく目が悪いか見えていないのだろう。そういう芝居をしている可能性もあるが、そこを疑うのは意味がない。


「国人や城代の嗜好は配下の者に調べさせております。いつでもお声掛けを」


「ありがたき幸せ」


 忠且さんは再び頭を下げる。命令系統は統一した方が良い気がするけど、どうするかな・・・

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