第74話疱瘡神撃退

1525年(大永5年)3月中旬


 司箭院興仙さんから、若狭(福井南部)から京にかけての疱瘡被害についての報告が入った。建仁寺、東福寺には重症軽症あわせて二千人ほどの患者が運び込まれたらしい。

 どうやらワクチン接種を受けた人々が、疱瘡被害に遭わなかったのはこの寺で魔除けの呪いを受けたと喧伝して回ったのが理由。無論、この噂を影で流させたのは興仙さんだ。

 至急、物資とワクチンと木工ゴーレムを送ってほしいという要請があったので、元就さまに要請するのと同時に毛利の家紋を焼き印した箱に詰めて温泉津港から小浜港にどんどんと輸送させる。

 若狭武田氏が文句を言ったらどうしよかと思ったけど、その辺は興仙さんが三条西実隆さんこと逍遙院さんを通じて朝廷を動かしていたらしく変な横槍は無かった。むしろ、若狭の武田元光さんや尼子経久さんからも救援物資が提供され、京の騒ぎは沈静化の兆しが見えてきたという。


 一方混迷を極めているのが石見よりも西の長門(山口北西部)、周防(山口南東部)といった中国地方最西端と最初に発生が確認できた筑前(福岡北西部)とその近隣国である筑後(福岡南部)、肥前(佐賀から長崎)、豊前(福岡北東部から大分北部)といった北九州。そして、疱瘡神を明から運んできたのは明(中国)との密貿易に携わった大内氏の船の船員だったという噂が疫病の広がりと歩調を合わせるように囁かれ始める。噂の震源地は今川貫蔵さんを筆頭としたうちの忍たち。悪辣だとは思うが大大名である大内氏を崩すためには絶好のチャンスだ。



「吉川家でお家騒動がありました。次郎三郎(国経)さまは宮庄下野守(経友)さまと共に吉田郡山城に落ち延びました」


 唐突な服部半蔵さんの報告に思わず大豆コーヒーを吹き出す。どうやら次期当主予定の吉川千法師くんがいつまでも吉川氏の頭領になれないことに我慢できず実力行使をしたらしい。


「絵図を描いたのは大内殿か・・・」


 俺の言葉に貫蔵さんは頷く。疱瘡騒動がなけれは結構慌てた事態だ。


「元服と同時に興経を名乗っています」


 興経。お家騒動を起こして元服。諱に興をつけて喧伝とか空気が読めてなさ過ぎる。


「対応は?」


「即座に討伐軍が編成されます」


 早いな・・・まあ、このまま放置したら、周防、長門から吉川氏の小倉山城を経由して吉田郡山城に攻めてくる可能性があるからな。


「吉川家家臣の動きは?」


「半分はダンマリで半分は批判しています」


 貫蔵さんの報告にふむと唸る。


「ダンマリで済む案件ではありません。現時点でダンマリな家臣は排除するよう殿に上奏しましょう」


 史実では次男元春を送り込んで一族に取り込んだ吉川氏だが、これで楽に取り込めるだろう。後詰めに来なければ大内氏の評判は落ち、後詰めに来れば大内氏の戦力が落とせる良い機会・・・

 ちらりと貫蔵さんを見るとついと視線を逸らされた。なるほどそうなるように元就さまの手駒が藪を突いたらしい。


1525年(大永5年)4月


 京の興仙さんから京での疱瘡被害についての追加報告が入った。患者の数が徐々に減りつつあるらしい。疱瘡は飛沫や接触により感染する。取りあえずの対策としては口や鼻を布で覆い、小まめに手洗い。むやみに目をこすらないというのを徹底させた。手洗いに関しては市井には石鹸を無料で配布。公卿にはアルコール消毒液や石鹸。口を覆う綿の布を献上する。

 また、隔離した患者から出た排泄物・・・嘔吐したものから糞尿はおろか、下着や着物。果ては寝床の茣蓙まで回収し、近くの山を開いて焼いた。疱瘡で亡くなった人間やそうでない人間もそこで焼いた。

 気付くと焼き場の近くに、身の丈3メートルほどの火の化身である不動明王が疱瘡神らしい邪神を退治している木像が鎮座していたという。「という」って明らかに興仙さんの仕業だよね?木工ゴーレムの派遣要請してたし。まあ、遺体を焼くことに忌避を感じる人や家財を失う人を納得させるのに不動明王を降臨させるというのは悪い手ではない。


 ・・・え?ワクチン接種を受けた人々によって焼き場が聖地化してる?逍遙院さんが発起人になって公卿を中心に仏閣の建設の動きがあると?で、俺が首謀者だと喧伝してる?ああ、欧仙の名前で祀り上げられてるのね。良かった・・・いや良くない。

 え?主上(後柏原天皇)が会いたがっている?いや無理でしょ?無理だよね。無理と言って。

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