第73話疱瘡神襲来
1525年(大永5年)2月下旬
- 石見(島根西部)矢滝城 -
ドタドタと大きな足音がしたかと思うと襖がガラリと開いた。腕に赤い布を巻いているという事は色々と足止めされないことを許された伝令兵だ。
「殿。大変です!温泉津港に入港した金剛姫号の船員で疱瘡患者が確認されました」
殿じゃないんだがと心の中でぼやき・・・なんだって!
詳しく聞くと、今朝入港した九州筑前(福岡北西部)の博多から来た貿易船に立ち入り検査をしたところ顔面を中心にやや白色の豆粒状の丘疹がある船員が3人いるのを確認したそうだ。さらに話を聞くと3日ほど前に高熱、頭痛・腰痛などの初期症状を経験しているらしい。
「幸い、検疫で船に立ち入ったときに発見したため病原体の上陸は阻止しました」
それは僥倖。検疫官に金一封モノである。港の人間は防疫済みだけど他の船の船員にうつすと洒落にならないからね。
すぐさま医療班の結成と温泉津港の北にある櫛山城への回航を指示する。櫛山城は櫛島という島にあるから、隔離して治療そして経過観察するには都合がいい。今後同じ案件が発生した場合に備え、櫛山城はもっと改修した方が良いかな?
「大変なことになったのぉ」
隣りにいた司箭院興仙さんが呟く通りである。
世鬼煙蔵さんが報告してきた
「問題は病気の震源地が博多で、海路で病気が広がったことでしょう」
「まず支配下域にある出雲(島根東部)。ついで若狭(福井南部)、京かの?」
司箭院興仙さんが唸る。
「そうですね。
「あい判った。若狭、京には儂が行こう」
「お願いします。至急、安芸(広島)の殿に使者を出す。準備をしろ」
「はっ」
小姓の一人が慌てて外へと駆けていく。俺は元就さまへの書状を書き始める。ここからは時間との勝負となる。
1525年(大永5年)3月
幸いなことに、出雲での疱瘡患者は、港で確認された数人ほどで封じ込めることに成功した。京で俺と司箭院興仙さんが防疫活動のアレやコレをやっていたことを尼子三郎四郎くんには教えていて、尼子三郎四郎くんはそれを理解していた。
なので祖父である尼子経久さんには真っ先に進言していた。そのことに偉く感動した尼子経久さんが尼子三郎四郎くんを元服させて尼子詮久を名乗らせることにしたそうだ。早くないですかね?
若狭と京についてはまだ報告が入ってない。安芸の支配下にある地域では今のところ患者は発見されなかったけど、厳島やその対岸である桜尾城、門山城の城下で流行の兆しが見えている。元就さまは、安芸の中央を流れている太田川に関と患者が収容できる施設の建設指示を出したということだ。
「当面はこれでよいか?」
「はい。で、防疫薬は増産され次第、山陽毛利水軍の人間を優先に接種でよろしかったでしょうか?」
俺は、元就さまの問いに肯定しつつ尋ねる。
「今回の疫病の感染経路が海路である以上は仕方あるまい」
元就さまは深く溜め息をつく。
「元近。今回の予見。感謝しているぞ・・・」
元就さまがぽつりと漏らす。まあ疱瘡の致死率は物凄く高いからね・・・
「そういえば、発症者にも防疫薬が効くのは何故なんだ?」
「はあ・・・まあ私見で良ければ」
「うむ構わん」
元就さまが許可したので思っていることを話す。人体に侵入したウイルスを排除するのは主に白血球の仕事だが、未知のウイルスに対しては有効的な手段を持たないのが普通だ。
そのためウイルスの増殖を抑えきれず敗北=死を迎える。疱瘡の増殖力は物凄いからね。ここに疱瘡によく似た、弱った馬痘を体に投与すればどうなるか?白血球は優先順位を付けて排除するなんて器用なことはできないから馬痘も同時に排除する。
すると、なんということでしょう?新しく体内で作られた白血球は馬痘を効率よく殺す手段を手に入れているではないですか!そして馬痘を効率よく殺す手段は天然痘も効率よく殺すことができたのです。効率よく殺すことが出来るという事は増殖を防ぐことであり、やがて天然痘が治るということになる。
「うむ。判らないことが良く判った」
話を聞いていた元就さまは自信満々に答える。「うむ。構わん」とは一体・・・
「そうそう。この疫病が終息しましたら、収容施設は山陽街道を監視する城として再設計をご検討ください」
元就さまは「検討しよう」と請け負ってくれた。収容施設。位置的に広島城になる場所なんだよね。
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