第60話大内軍再来

1524年(大永4年)5月


「大内義興が安芸に侵攻しました。その数は2万」


 ピンクのウサギの覆面を被った今川貫蔵さんが音もなく執務室に入ってきて唐突に告げる。その報告に俺は、ああ、史実通りかと思い出す。確か嫡男である大内義隆の初陣だったよな。既に元就さまと義隆は石見本城前で直接の面識があるけど・・・


「あまり慌てておらんのぉ」


 城将である司箭院興仙さんがツッコむ。


「まあ、去年あれだけの損害を出しながら今回も2万を動員。正直数が多すぎます」


「あ?あぁ・・・偽兵か?」


 俺の指摘に司箭院興仙さんは唸る。現在大内氏は中国地方の所領を安芸(広島)は分断、石見(島根西部)は全失したが、そこから西の周防(山口南東部)、長門(山口北西部)、筑前(福岡北西部)、豊前(福岡北東部から大分北部)に及ぶ60万石近い所領をもつ大大名だ。

 未だ所領全てで兵を動員すれば兵2万は可能かもしれないが、農繁期を前にしては九州から動員することは難しい。となると後ろを気にしないで済む周防、長門からの動員となる。となると動員できる石高その約半分。銭でいくらかかさ増しは出来ても、前回の石見での損失込みだと今回2万の動員はかなり厳しくなる。

 そうなると大内が喧伝している兵数そのもが嘘か、戦闘の役に立たない人間を多く動員しているかのどちらかになる。たぶん動員兵の半分以上は非戦闘員である輜重隊だろう。包囲して相手の心を折るだけならそれで問題ないのだから。


「目的は、嫡男の初陣かのぅ?」


「厳島に布陣となれば桜尾城の友田かな、と」


 いまの厳島の神主、友田興藤さんは毛利・尼子連合が西条鏡山城を落としたドサクサに紛れて厳島の神領郡内から大内勢と大内氏が厳島神主家の当主に据えた小方重康を追放したんだよね。


「数だけの2万でも囲まれたら流石に勝てんか」


「ですな。あとは大内がどこまで攻めてくるか・・・」


「そういえば3年前にも、ちょっかいは出しとったの?」


「そうですね。前回は安芸武田の本拠地である佐東の銀山城近くまで来てます」


 俺は当時を思い出して笑う。結局前回は、双方軽く当たった後はにらめっこで終わったんだよね。そして今回の遠征は、史実に沿うなら大内氏と元就さまは一戦交えて義興に「やるな元就」を言わせるんだけど・・・


「貫蔵はこの情報を(尼子)伊予守にお伝えして。たぶん飛んでくるから」


「はっ」


 今川貫蔵さんはふっと姿を消す。


「儂らは、動けんの。まあ、300そこいらが駆けつけたところで酒のツマミ程度にもならんか」


 司箭院興仙さんはからからと嗤う。


「田植えの直前に攻めてきたって事は、そういう事態に備えて田んぼを広げて食糧増産に励む方がいいでしょうしね」


「まあそうなるの」


 俺の意見に司箭院興仙さんも頷くのであった。


 -☆-


SIDE三人称


 大内義興が厳島に布陣したことで、門山城の大野少弼が武田光和と友田興藤に後詰めを求めてきた。武田光和と友田興藤は兵3000を率い門山城の近く大野女滝に布陣する。


「安芸守殿。なんだか匂いませんか?」


 ひょろいうりざね顔の男が隣りに立つ精悍な顔つきの青年に声を掛ける。


「友田殿もそう思われますか?近くに滝があるというのにこれは・・・」


 精悍な顔つきの青年、武田光和は、声を掛けてきた男、厳島神主家の現当主である友田興藤の顔を見て頷く。


「放て!」


 不意に声が響き渡り武田・友田軍に火矢が殺到する。


「くっ、謀られたか!」


 武田光和が叫んだ途端、地面が炎に包まれる。たちまち悲鳴が上がり武田・友田軍は混乱する。


「退却だ退却!」


「逃がすな、討ち取れ!!」


 逃げる武田・友田軍。追う大内・大野軍。この混乱の最中、友田興藤は飛来する矢に射貫かれて討死。武田光和は命からがら銀山城へと撤退していった。

 この勝利を得て大内義興は本陣を厳島から門山城に移動。嫡男の義隆に兵1万5千を預けると、自身は5000で桜尾城を包囲する。


 -☆-


 三入高松城で今年17歳になる一人の少年が城代である坂元貞を烏帽子親に父である熊谷元直、一族の桐原直重を見届け人に元服した。


「千代寿丸。今日より名を次郎三郎に改め、諱を貞直と名乗るがいい」


「謹んでお受けいたします」


 坂元貞から烏帽子を被らされた熊谷貞直は深く平伏する。


「此度の大内軍の撃退が初陣となる。励めよ」


「ははっ」


 再び深く熊谷貞直は頭を下げる。大内との戦いを前に一人の若武者が巣立った。

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