第56話矢滝城の小競り合い
1524年(大永4年)1月
- 石見(島根西部)-
益田宗兼軍4000とお隣の矢筈城・尼子軍800との間で戦端が開かれた。即座に佐波秀連さん、小笠原長隆さんの兵1000が尼子軍の後詰めに入る。明日から経費の負担が減るのは良い事だ。
「こちらに攻めてくるか?」
「大内が石見に引き込んだ兵のうち5000が行方不明。間違いなく福屋がこっちに来るじゃろ」
桂広澄さんの質問に、戦力配置地図を眺めていた司箭院興仙さんが答える。大内軍はよほど上手く隠れて進軍しているのか、うちの忍軍には足取りすら捕捉されていない。
斥候が始末されれば警戒網に穴が空くから、そうなったら直ちに判るようにはしているのだがそれにも引っかからない・・・琵琶甲城の方にも警戒網を広げるべきだろうか?
「首領さま。琵琶甲城が福屋軍の攻撃を受けています。数は2000。それとは別に3000の兵がこちらに進軍中。旗指は周布武兼」
世鬼煙蔵さんが音もなく部屋に入るなり、報告を上げてくる。「うおっ」と桂広澄さんが驚きの声を上げるが、司箭院興仙さんは気付いていたのか驚いた様子はない。周布武兼というと確か益田氏の分家筋を纏めるリーダー的な立場の人間だよな?・・・
「迎撃しますか?」
「南から攻めてくる、ということはある程度この城を調査しているということですよね」
「じゃろうな。城に大軍で攻め込むには、麓の東郭の大門を抜けにゃならん」
俺の質問に司箭院興仙さんが答える。そう。矢滝城は東西にふたつある山麓の郭に、それぞれ大きな門が存在する。しかし、西の大門は見た目が大きいだけで入口は人がふたり並んで入れるぐらいの幅しかない。出陣など、城から大軍が出入りするには東の郭の大門を使うしかないのだ。
この構造は南の山腹にある愛宕司箭院から見下ろせば一目瞭然だ。しかし、知られたところで本丸である北山山頂に向かう道には悪意しか見えないので、頭を抱えるだけだろうからあえて公開している。
「城外の村人に郭内への避難と逆茂木の設置命令を」
「はっ」
世鬼煙蔵さんは小さく頭を下げると入って来た時と同じように音もたてずに出ていく。逆茂木といっても一家にふたつ乱雑に組んだ薪を常備させて、こういうときに道に設置するだけだけどね。面倒なのは、良く燃えないように定期的に生木に入れ変えさせるぐらいか。
-☆-
周布武兼軍が望遠鏡で確認できる位置まで侵出してきて陣を構築し始めた。向こうはこちらが気付いたことに気付いていないのでそれなりにのんびりしているようだ。また、この時点で周布軍3000人のうち半分近くが物資を輸送する輜重隊であることが判明する。おそらく、そこを補給拠点として矢滝城と琵琶甲城を攻める算段なのだろう。こちらに意図を読まれた時点でアウトだが・・・
「夜討ち朝駆けやりますか?」
服部半蔵さんが提案してくる。周布軍は警戒網の外を大きく南に迂回してこちらに来ているので物資を焼くだけでも効果はあるだろう。提案を許可する。服部半蔵さん悪い顔してるな。
日が暮れてまもなく、南山山頂からでも見えるぐらいの明かりが周布軍の陣地がある方からもたらされる。夜半にいい笑顔の服部半蔵さんが戻って来て戦果を報告する。
兵糧の大半が焼け、輜重隊の半分が逃げ去ったらしい。逃げ出したところで、何人が無事に住んでいた村に戻れるのだろうか・・・ただ、これで敵も背水の陣で挑んでくるだろう。
夜襲をかけた翌日、周布軍が姿を現した。明らかに精彩を欠いている。服部半蔵さんの報告によると兵は1800人もいればいい規模にまで落ちているらしい。夕べのうちに逃げ出して、逃げ出した雑兵の半分が無事に村に戻れたとしても、損耗率が高すぎてこの時点で周布軍の敗北は決定である。
おそらく矢滝城には攻めてこず、城下の村で可能な限り乱取りして自国領に逃げ込むのが精一杯の嫌がらせになるだろう。もっとも村人は既に郭内に避難していて、村の財物も腹に収まるものはほとんどない。精々家に火を付ける程度だろう。簡単にはやらせないけどね。
ちなみに、なぜ村の財物に食料がないのか?ということ説明をすると、これは矢滝城の城下及び周囲農村部が完全に貨幣経済に移行しているのが原因だ。村人の大半は収穫した米や穀物。芋といった作物の大半を俺に売り、必要な時には売った時に貰う手形で売ったときの値段で俺から買っているからだ。
他人から見ると大損しているように見えるだろうが、俺は村民の増加と福利厚生だと思って割り切っている。俺には塩浜と銀山。粗銅精錬による金銀銅の錬金に私鋳銭の製造という大きな金蔓があるから出来る荒業でもあるんだけどね。
「何の成果もありませんでした!!」
3日後。周布武兼以下、1300人の兵が、それから2日後には琵琶甲城を攻めていた福屋正兼以下1500人の兵が兵糧不足を理由に無条件降伏するのであった。
余談
後日、矢滝城で周布軍を揶揄する唄が流行った。
「雪山進軍~霜を踏んで、どこが河やら道さえ知れず。兵は倒れる捨ててもおけず友は野末の石の下♪」
出所は時の城主である畝方元近の鼻歌だと伝えられている。
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