第5章 石見開発

第40話矢滝城が完成(土台のみ)と幸松丸さまの今後

1522年(大永2年)10月


- 石見(島根西部)の矢滝城 -


 石見(島根西部)の矢滝城が完成した。といっても郭の土塁や切岸で整えた郭の斜面。横堀や切り堀といった、土でなんとかなる土台の部分だけ、だけどね。兵舎や俺の居住区、食料や武器庫。馬屋といった木材が大量に必要なところはまだまだだ。建物で一番立派なのが麓の西郭に造った俺の執務小屋。現在は隣にまともな家を建築中だけど完成するのは年明けになるだろう。

 なお、矢滝城城下村の長屋は順調に増えていて、300人ぐらいが住んでいる。田んぼも唐芋サツマイモ畑も収獲は今年だけで300石は行くだろうと試算が出ているので何とか賄えるだろう。一年で俺の領地に倍する領地を整えてしまった訳だ。石高の大半は唐芋サツマイモなんだけどね。

 で、そのことを聞きつけた尼子国久さんが杜氏を3人送り込んできている。芋焼酎を造れというあからさまなメッセージ。いまなら醸造所の場所は確保し放題だからねぇ。

 我が畝方氏の御用商人となっている萩屋文左衛門も鉱物や木材の取引が半端ないからか城下に出店するそうだ。店にはひとつの商品もなく、港を使って物資の送り先を差配するのが中心だから、店というよりは物流の商社の事務所かな?なので複式簿記を導入して取り引きを明確化させる。複式簿記自体は1494年にイタリアの数学者ルカ・パチョーリによって書かれた書籍にも見聞されるので導入しても大丈夫。萩屋文左衛門も大喜びしてくれたので良しとしておこう。


- 安芸(広島)多治比猿掛城 -


 毛利氏の頭領である毛利幸松丸さまが、生まれて初めての戦場で生首を見せられるという強い精神的衝撃を受けたことが原因で、PTSD。いわゆる心的外傷後ストレス障害に罹った。夜中に叫んで飛び起きたり、いきなり怒りを爆発させてモノに当たったり、奇声をあげたり、過度の警戒心や驚愕反応を見せては家臣を困らせているそうだ。祖父、父ともにアルコール依存症から病を得て早逝していることからしても、毛利氏は代々心が強くないのかもしれない。元就さまも初陣を飾ったのは大分遅かったからなぁ・・・

 で、厄介なのが首実検の場で泡を吹いて倒れたという毛利幸松丸さまの評価。不良や893の方が大変気にする以上に大切な面子が丸潰れだ。周りの国人が、間違いなく舐めてくる。それはもう屁タレの領地美味しいですってペロペロして来ること間違いなし。それ以上に気を配らなければならないのが、いまは毛利氏に臣従している国人だった家臣の動向。

 とくに最近は権力から外れている坂氏の離反に神経を尖らせなければいけない事態。いや、史実に沿うなら、親尼子派の坂広秀さんと渡辺勝さんが元就さまの異母弟である相合元綱さんを担いでのお家騒動か。坂広秀さんは祖父、父とガチの親大内派のハズなんだけどなぁ・・・

 いまのところ尼子経久さんからの介入はないと思いたいけど、高橋興光は確実に介入してくるよな。


「元近。どうにかならないか」


 元就さまが難しい顔をして尋ねる。


「どうにもなりません。大殿は心の病気で、完治には数年から十数年はかかるでしょう。戦国の国人の頭領としては致命的です」


 俺も難しい顔をして答える。薬による療法だけで何とかなる病気ではないからね。


それがしが提案できるのは、大殿には出家をして、病気療養後に還俗して頂くのが最良かと」


「その間、俺が宗家の頭領を引き受けると?」


「還俗を望んだ時に家臣として抱えるほうが宜しいかと。文官なら戦場に出なくて済みます」


 元就さまは腕を組んで考える。


「殿の父上や兄上が酒に逃れて早逝したことを大殿で再び繰り返しますか?」


「そうだな・・・泥を被るのは俺の方が良い」


 元就さまは大きく頷いた。


 それから元就さまの行動は早かった。石見琵琶甲城の城代である口羽広良さん(旧姓:志道)を呼び寄せると、毛利宗家の家臣団の説得に動く。


・幸松丸さまが心の病気に罹り、病気治療のため世俗から隔離する。つまり出家させること。

・病気が完治し幸松丸さまが毛利氏頭領に復帰するまでは元就さまが頭領代理を務めること。

・幸松丸さまの身を利用する輩から守るため、出家するのは京の建仁寺にすること。

・引き換えに建仁寺から僧を、いま無人の畝方寺に招聘すること。幸松丸さまが僧としての生活を望むなら、畝方寺に迎えて畝方領を寺領にしてもいいと一筆書いたよ。

・元就さまが多治比姓から毛利姓に戻し、多治比は少輔太郎さまが継ぐこと。


 あっという間に頭領交代と毛利幸松丸さまの出家の手筈が整えられていく。口羽広良さんの交渉力と調整力が凄すぎる。俺の領地の蔵から大量の酒が減っているのは気にしていないよ?年を越える前に頭領交代と毛利幸松丸さまの出家が完了してしまった。

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