第36話城を造ることになった

1522年(大永2年)2月


 めでたく松と祝言を・・・とはならなかった。元就さまの動きを察知した尼子経久さんが、「銀山はやらんが嫁はやる」と「銀精錬の方法を聞き出してから速攻で銀山を奪いに来る」の中間ともいえる「銀山は半分やる。尼子の家臣団を納得させるために身内を嫁がせる」作戦を実行してきた。

 これは、一月下旬に俺が尼子氏への新年挨拶に出向いたときに引き渡した銀の灰吹き法を知った尼子経久さんが、神のごとき速さで毛利宗家の方に石見(島根西部)銀山の共同経営をしませんか?という打診をしてきたのだ。

 尼子経久さんの代理としてきた尼子国久さんが、俺が領内で流通させている極印銀をジャラジャラさせながら、銀精錬の秘術を持っている俺を毛利氏側の技術者兼責任者として指名してきたのだ。極印銀の出所の大半は貫蔵さんかな。西で悪さをするのに多治比氏の代紋を印にした極印銀は使えないよね。悪い事をした。

 そして、信頼関係構築のために、尼子一族の中から俺に嫁を嫁がせるということになったのだ。この胡散臭くご都合主義な展開は、たぶん起請文破りによる強制力の結果なのだろう。

 こうして単に俺を身内に取り込むイベントから俺の立場を底上げするイベントに昇格した嫁取りイベントだが、そのためにいろいろと調整しなければならなくなったのだ。

 取り引き先だが守護代一族からの嫁と国人だが上司からの嫁。正室と側室問題かな?尼子氏の嫁選定に時間がかかるらしい。嫁取り後の安寧のためにもと、元就さまからも経久さまからも言われて祝言は延期となったのだ。


「お初にお目にかかります。伊賀の千賀地半三郎と申します。この度は仕官のお誘いありがとうございます。」


 そういって男が顔を上げる。うん。どこにでもあるモブ顔だ。10人中7人は初対面でも久しぶりって挨拶するレベル。忍者の資質としてはありだな。お手紙でのお誘い作戦が成功した。有名忍者、服部半蔵の訪問である。


「遠い所をようこそいらっしゃいました。多治比家の御伽衆の頭で、畝方三四郎元近せがたさんしろうもとちかと申します」


 俺も頭を下げる。


「来ていただいたという事は、当家に仕官するということでよろしいでしょうか?」


「はい。今川殿と同じ畝方さまにお仕えいたしたく」


 半三郎さんは再び頭を下げる。嗅覚鋭いと見るかいつでも逃げ出せるよう保険を掛けているのか・・・後者だな。


「知行地か銭かそれとも両方か如何します?」


 一応、元就さまから俺の領地100石の中からなら家臣に知行地を与えてもいいし、銭雇いなら幾らでも報告で良いことになっている。


「15石の知行地を」


 半三郎さんは一族を安芸に呼び自らは武士として俺に仕官したいようだ。これで俺が抱える専属足軽は25人。俺の肩書きナンチャッテ足軽小頭の脱出まであと5人だ。


1522年(大永2年)3月


 松が元就さまの叔父である兼重元鎮さんの紹介で結婚の行儀見習いのため京に向かった。なんでも、兼重元鎮さんが京にいた際に、そういうのに詳しい人と知己を得たらしい。その人に預けたいと。

 十中八、九、松を尼子氏からの暗殺から守るための対策だろうけどね。一族を呼び寄せるため伊賀に戻る半三郎さんに京までの護衛をお願いして、松の護衛に誰か信用できる女性を付けてもらうよう手配してもらう。


 石見銀山の防衛のために、尼子氏と毛利氏とで矢滝山と矢筈山に城を築くことになった。矢滝山と矢筈山の間には石見銀山から産出された銀を温泉津港ゆのつみなとに運ぶための銀山街道と呼ばれる道があり、城を築くだけの意味があるというのは史実も物語っている。

 元就さまに「元近。矢滝の城が完成すればお前が城代だ」と言われて、俺は矢滝山の麓に来ていた。対面の矢筈山に築かれる予定の矢筈城の築城指揮者は本城清光さん。高橋久光の弟だ。


「ご領主。今回もぼうなすとやらは出ますか?」


 畝方村から琵琶甲城に送り出した50人の農民が目を爛々として尋ねる。いらない言葉を教えたなぁ・・・そのうち棒茄子とか変な当て字が出たりして。


「当然だ。尼子に目にモノを見せてやろう」


「「「おう」」」」


 野太い声が上がる。熟練者がいるのは助かるなぁ・・・


 矢滝山は南北にふた瘤の山なので、それぞれの山頂部に見張り櫓を置くための郭を作る。櫓のある郭には城主が最終的に籠る館を建てて井戸を掘る。同じものを作るのは攻められた時の戦力分散を狙ってのモノだ。

 つぎにふた瘤の北山の南斜面、谷間に向けて虎口を備えた郭をふたつ。ふた瘤の南山の北斜面、谷間に向けて虎口を備えた郭をひとつ造成する。

 郭に至る山の斜面は急角度をつけて削る切岸で整えて、コンクリートによるコーティングをして昇り難くしていく。山の谷間を通路に東西につくる腰郭には馬出しと兵舎。それなりに大きい城門をつくる。


「実に無駄の多い、いや豪華な縄張だな」


 眉毛が凛々しい彫の深いイケメンオヤジ、桂広澄さんが俺の描いた矢滝城の縄張を眺めながら笑う。今回の矢滝城の築城にあたり、桂広澄さんを尼子氏との交渉係と毛利宗家側の目付として指名したところ、なんと許可が下りたのだ。その際、桂広澄さんは息子の桂元澄さんに家督を譲って身軽になって来てくれた。ありがたいことである。それに、史実を考えれば、この時期から毛利宗家とは距離を開けた方が良い。


「とりあえず北の山から始めましょう。麓の堀切、山腹の郭、山頂の郭、山道整備、木の切り出しに班を別けて作業させます」


「うむ。儂は尼子に掛け合って木材と食料の調達。人足の募集かの?」


「田植えの前なので無理はしないでくださいね」


 俺の言葉に桂広澄さんは「任せておけ」と笑って家から出て行った。

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