第35話一年の計と嫁取り問題

1522年(大永2年)1月


 前年に管領の細川高国に推戴され正五位下左馬頭に叙任された足利亀王丸が元服し第12代将軍、足利義晴になった。これで一連の慶事が終了したので、動くところは動くだろう。とくに尼子経久さん。


 多治比猿掛城に新年の挨拶に上がり、元就さまたちと先年の報告と今年一年の計を話し合う。

 まず報告として、俺の造る私鋳銭を近隣国人の井原氏、吉川氏、天野氏が正式に貨幣として使い始めた。銅銭は損耗や破損で価値がどんどん目減りして悪銭になって価値が下がる。これは経済的に良くないから、交換比率を定めて市場からどんどん回収することにする。

 程度が良いのは九州や近畿での工作資金に回し、酷いものは鋳つぶして再生する。贋金対策は、銀や金と違って扱う量が大量だから天秤で測るというのは大変だから工夫をしないといけない。アルキメデスの浮力の原理が使えないだろうか?


 つぎに多治比家領内の去年の石高。米だけで5万石その他の穀物を合わせれば8万石に届く収獲となった。多治比猿掛城から志道城、三入高松城にかけて俺が開拓に関わって出来た穀倉地帯のお陰だ。また鉄鉱山開発のための試掘も始まっていて順調なようだ。

 今年の方針としては馬と牛の買入れと餌の確保のための輪作農地の導入に田園の拡張。多治比猿掛城を中心とした周辺の城への道路整備とコンクリートを使用した吉田郡山城の城壁の改修となっている。


 つぎに外交。親尼子派は継続するので、安芸武田氏との関係修復が計られることになった。ただ最強の関係回復手段である婚姻は、毛利氏に候補となる子供が居なかったので何年かの相互援助同盟に留まる予定だ。

 この同盟の締結後、多治比氏は三入高松城から南。親大内派の国人衆である白井氏、阿曽沼氏、野間氏を切り崩す事になった。この三氏を配下に置けば塩と海運が手に入るので重要だ。大内の領地を分断することにもなるのも大きい。


 次に毛利に関係ありそうな近隣の国の状況。細川高国を噂でつついた成果が出ているのか、北九州の国人衆が騒がしい。

 大友義鑑からの独立を諦めていない筑前の秋月種時と数年前に大内氏に滅ぼされてお家の再興を目論む肥前国の少弐資元がその筆頭だ。少弐資元の蠢動は、俺が家臣である龍造寺家兼を焚きつけたのもあるが上手くいったようだ。

 田植えの頃までに大内氏は北九州平定に軍を動かし、それに乗じて尼子氏が安芸に南下してくるだろう。一年早く、西条鏡山城の戦いが起こるということだ。それは、毛利氏と元就さまの運命を変える戦いになるはずだ。



「さて、最後にもっとも重要な議題を話そうか」


 そういって元就さまがぐるりと俺を含む家臣団を見回す。

 ちなみに現在の家臣団は志道広長さん志道広門さん、中村就親さん、赤川元久さん、井上俊秀さん井上俊久さん国司元純さんのお孫さんの国司元相さんと俺の8人だ。


「元近。お前が庇護する神楽団の松という少女が今年16だったな。その松を俺の養女とし、お前に嫁がせる」


 うわ。嫁取りイベントその2か。


「お前が(尼子)伊予守殿と起請文を交したときは与太話だと思ったのだがなあ」


 元就さまはふんと鼻で笑うが、銀山は絶対に貰いますよ。


「すでに尼子氏には米作と酒造の知識を渡してるのですが」


「知識は秘匿し辛い。買ってくれるというなら高く売るというお前の判断は間違っていないだろ。実際、清酒の製造や正条植えは簡単に広まった」


 まあ塩水選以外の技術は何度か行えば人の目も口を塞ぐこともできないし、塩水選も何れ気付かれるからね。


「銀山が貰えなかったら大損じゃないですか」


「お前の渡した知識の対価なら琵琶甲城という形で貰っているから問題ないぞ」


「え?」


 何気に爆弾発言をする元就さま。


「大九郎(高橋興光)が琵琶甲城のことを言わなくなったのは伊予守殿の圧力だからな」


 元就さまは意味ありげな笑いを浮かべる。種類の違う笑いを連続で見せられるのちょっと怖いな。だが、言われてみれば領地を分断されているのに高橋側からは琵琶甲城に対し嫌がらせどころか偵察もなかった。ありがとう尼子経久さん。


「尼子が石見銀山を獲るのはもっと先だと思ったんだがな」


 元就さまの顔が怖い。毛利・多治比領で質のよい金と銅の私鋳銭が出回っているのは経久さんも把握しているだろう。石見(島根西部)銀山が尼子氏の支配下に入ったいま、経久さんが銀山やるから銀の精錬法を教えろと言われれば俺は引き渡すしかない。


「いまは伊予守殿が家臣を説得している最中だろうが、時間の問題だろう。なら尼子より先に多治比から嫁を入れるのは当然だ」


 尼子経久さんが起請文を破るのが前提で力説する元就さま。ただ尼子経久さんなら、「銀山はやらんが嫁はやる」で俺を身内に引き込んでから銀精錬の方法を聞き出すか、「銀山と引き換えに銀精錬の方法を聞き出してから速攻で銀山を奪いに来る」位はするだろうな。もっとも後者の場合は、起請文そのものを蔑ろにするやらかし案件だから、俺の後ろにいるスポンサーが黙っていないだろうけど・・・


「とりあえずすぐにでも祝言を上げて子を作れ。男ならたまをやるし女なら少輔太郎の側室も考える」


 元就さまの期待が重い。いや、乱世を生き残るため家臣団を纏めるのに血縁関係を強化するのは常道だけどね。はいそこ。養女は血が繋がってないとか言わない。

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