第34話さらに東に西に手を伸ばす

1521年(大永元年)9月下旬


「という訳でお仕事です」


「なにがという訳でしょうか?」


 ハッ〇リくんの覆面を被った今川貫蔵さんとケ〇マキくんの覆面を被った世木煙蔵さんは首を傾げる。


「貫蔵さん。うちのオオカミを連れて筑前(福岡北西部)に渡り彼の地に放ってください。あとは彼らが支配下地域を広げてくれるでしょう。そのあと肥前(佐賀から長崎)の国人で水ヶ江城主の龍造寺孫九郎家兼殿に接触し少弐資元殿を煽ってください」


「御意」


 そう言って漆塗りのお盆に乗った巾着を差し出す。巾着の中身が、譲葉の形状に打ち伸ばした銀塊に長門沢瀉ながとおもだかを極印として打った二十枚の極印銀であることを確認した貫蔵さんは頷く。

 極印銀は銀地金の価値を貨幣として用いる秤量銀貨といわれる貨幣だ。相場で価値が変動するので取引毎に天秤で目方を測定して使用されるので少々めんどくさいが、含有銀量で取り引きされるので銅銭を持ち歩くよりは重さを気にする必要がない。


「つぎに煙蔵さん。伊賀(三重西部)の花垣村に千賀地半三郎を名乗る忍びの者がいるハズなので畝方に呼んでください」


 漆塗りのお盆に乗った二通の手紙と巾着を差し出す。花垣村の千賀地半三郎は徳川氏に仕え忍者の代名詞になった初代服部半蔵のことだ。史実通りなら、初代半蔵は数年以内に伊賀を出て12代将軍足利義晴に仕え、その後に三河(愛知東部)の松平清康に仕える。

 つまりヘッドハンティングのチャンスだ。まあ、忍者働きをしていたのはこの初代服部半蔵だけで二代目以降は普通に武士だったらしいけどね。


「我らでは畝方さまの信に応えられぬと?」


煙蔵さんの声が低くなる。


「今川・世木の活動範囲はいまは備前(岡山南東部)から周防(山口南東部)です。京の情報収集は京の者やらせた方が良いでしょう。というか貫蔵さんにお願いしたい事の本命はこちらです」


 そういって漆塗りのお盆にある駿河(静岡中部から北東部)の大名である今川修理大夫氏親の名前が書いてある手紙に手を置く。今川氏親は検地の実施と分国法の制定を行い今川氏を守護大名から戦国大名に変えた傑物だ。とくに土地などに関する訴訟の裁定基準を定めた今川仮名目録を制定したのが大きい。写しでいいので出来れば手に入れたい。

 ちなみに、織田信長に奇跡のジャイアントキリングを成させた戦国大名今川義元の父親でもある。


「修理大夫さまは優れた内政手腕をお持ちです。その手法を是非とも学びたい」


 もっともらしい事を言っておく。ただ今川氏親が今川仮名目録を制定するのは5年後の1526年(大永6年)なんだよな。今回は顔繋ぎでいいだろう。ただ氏親は、数年以内に脳卒中で倒れて一命を取りとめるも酷い後遺症が残り、晩年は生活するのにも難渋したというから、できるなら倒れる前に接触し、卒中で倒れる事の警告した方が良いだろうなぁ。


「今回は今川家と縁を繋ぐだけで構いません。ああ、駿河の善得院に九英承菊きゅうえいしょうぎくという英才がいると聞きます。彼にも縁が繋げるとなお良しです」


 覆面で表情は見えないけど、たぶん煙蔵さんの顔は呆れているだろうなぁ。今川氏親はともかく聞いた事もない善得院という寺の九英承菊なる坊主に会えというのだから。あ、九英承菊は『今川の黒衣宰相』と呼ばれる太原雪斎たいげんせっさいのことね。


「そういえば貫蔵と煙蔵さんの身内が尾張に居るんでしょ?」


 話題を変えたところ、二人の挙動が途端に怪しくなる。それでいいのか忍者。


「できれば繋ぎを取ってください。では」


 俺は立派な袋に入った刀二本と白木の杖二本を二人の前に差し出す。


「紫の袋に入ったのが修理大夫さま。青い袋に入ったのが孫九郎殿。白木の二本は貫蔵さんと煙蔵さんの護身用にお使いください」


 ちなみに刀は四本とも鍛冶ゴーレムが打った無銘の刀で、古刀の作法に則ってないオリジナルでありかなり武骨だが、鑑定した限り結構いいモノである。まあ今まで贈った刀でレアリティを付け直すなら、SSR大内氏刀、SSR-尼子氏の太刀斬、SR今川氏刀、R龍造寺氏刀、C貫蔵刀、煙蔵刀かな。

 そうそう。結局は断ったんだけど、雲次さん受け入れのために興久さんが改めて用意したモノの中で物凄く後ろ髪が引かれたものがあったよ。

 それは牛だ。聞いたところによるとたたら製鉄の材料と製品の運搬のため山陰地域では牛を品種改良しながら飼育しているというのだ。牛はあの流行病のワクチン生成に必要なんだよね・・・国久さんに頼んでみようかな。


「「ありがたく」」


 貫蔵さんと煙蔵さんは白木の刀をうやうやしく掲げて受け取る。


「確認してもよろしいでしょうか?」


「構わないですよ」


 許可すると、二人とも嬉々として白木の棒に手を掛けて鞘から抜く。

 長さは普通の刀と脇差の中間ぐらいで、長脇差と分類されるサイズのもの。いわゆる反りというものが少ない、直刀と呼ばれる刀身。いわゆる忍者刀である。

 残念なお知らせをするなら、このような特殊形状の刀は明治時代以降のお土産品らしいという事だけどね。


「より一層の忠誠を」


 貫蔵さんと煙蔵さんの忠誠心が上がったようだ。

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