第28話私鋳銭と内政の時間の終わり
1520年(永正17年)6月
出雲(島根東部)の農民にある程度の技術指導して一旦安芸(広島)の俺の領地に戻っていた俺は再び出雲にいた。田植えの指導のためだ。
「お待ちしておりました」
先行して出雲に入り、苗の育成をしていた俺の直属の部下である甘草定純と農業奴隷の五平が頭を下げる。
「代掻きは済んだ?」
「はい」
「育苗は?」
「順調です。明日にでも田植えが可能です」
「
「蔓の第一次収穫は終わりました」
俺の問いに定純と五平はすらすらと答えてくれる。なお定純と五平は収穫までこの農村に留まる予定だ。
「おお三四郎殿。よく来られた」
この村の領主である尼子国久さんがやって来た。
「どうですか清酒の方は」
今回地元の酒蔵に導入した技術は三回に分けて蒸米と麹を加える三段仕込み。上手くいけばアルコール度数は20度にまで跳ね上がるはずだ。こればっかりは狭い多治比家領内ではいろいろと足りなくて生産できないからね。
「蔵元からは順調だと聞いている。上手くいけばこれだけでも元が取れると殿もお喜びだ」
いまの石見銀山の銀産出量だと十分だよね。ちなみに今回の起請文の内容は元就さまには報告済で許可も貰っている。譲渡する理由にも納得してくれた。というか諦めていた。領地に戻って来ただけで充分だって言ってくれたよ。
1520年(永正17年)8月
灰吹法
簡単に言うと、貴金属の鉱石を細かく砕いて鉛を加えて熱で溶かすと貴金属と鉛が比較的低い温度で溶融し鉛の合金である貴鉛になる。この溶融した貴鉛を少しずつ冷やすと、融解温度の違いで固化した銅と溶融した貴鉛に分離される。
さらに銅を取り除いた溶融した貴鉛を骨灰で出来た皿にのせて空気を吹きつけると鉛が酸化鉛となって骨灰に吸収され、酸化しにくい金や銀が残るという精錬方法だ。
ただ、精錬中は気化した酸化鉛を大量に人体に取り込むことになるので、灰吹き法が導入されてからは鉱夫の平均寿命が大幅に低下。30歳の誕生日を派手に祝ったという記録が残るぐらい過酷なものである。
まあ俺の場合、金、銀、銅を抽出するのは息をしないゴーレムなんだけどね。体と環境に優しい精錬法はないだろうか?
で本題なんだけど、冬から取り組んでいた灰吹法による貴金属精錬と私鋳銭の製造に目途が付いた。
私鋳銭というと贋金造りと勘違いしそうだけど、実は微妙に違ったりする。なにしろ銭貨鋳造自体が、日本ではそれを行う役所も技術も鎌倉時代に入るまでに完全に廃れている。
いま西日本で流通している貨幣の大半は平氏が中国との貿易で使用した北宋の銅銭だ。織田の旗印で有名な永楽通宝が流通のメインになるのは40年以上も先の話だったりする。(戦国もの定番の鐚銭に眠る金銀抽出してお金持ち大作戦は、日本の粗銅で私鋳された銅銭が大量に出回らないと使えないのだ・・・)
で、今回私鋳したのは表は宋銭である大観通宝。裏には元就さまの替紋
あと、私鋳銭の発行を記念して1両金貨も造った。金16.5グラムを使って造った小判で、表には多治比城を裏には元就さまの替紋
元就さまに1枚献上したら、たまたま遊びに来ていた国司元純さんから是非とも譲って欲しいと懇願されたので、元就さまと相談して長年毛利家に仕えた慰労品として渡すことになった。今後は戦での褒賞品として使うことも決定したよ。後日、多治比の大観通宝を見た商人から大量発注があったのは別の話。
1520年(永正17年)10月
米の収穫が終わるのを待っていたかのように高橋久光さんが2000の軍勢を率いて備後国の三吉氏の加井妻城を攻めるため出陣した。史実より3年も早いせいか、兵がちょっと少ない。ちなみに、高橋久光さんと三吉致高さんの間には浅からぬ因縁がある。高橋久光さんの嫡男だった高橋元光が、1515年に加井妻城攻めを行い討死しているのだ。
「うーん。どうするべかな」
尼子家から出雲のとある村で行われる収穫祭に呼ばれていた俺は、
「どうした三四郎!辛気臭いではないか」
ベロンベロンに酔っぱらった尼子国久さんが絡んでくる。尼子国久さん。尼子氏の出雲国の平定、想定外の収獲があった米と
「高橋殿が加井妻城攻めのために出陣したそうです」
俺の言葉に尼子国久さんは顔をしかめる。尼子氏にはまだ話が行ってなかったか・・・高橋の東進は尼子氏の指示だが、遠征が終わったこの時期の出陣は尼子氏にしてみたらタイミングが悪い。万が一、高橋軍から援軍を要請されても尼子氏の主力は疲れているので容易には動けない。逆にいえば高橋氏はこのタイミングで動くことで尼子氏の動きを封じたことになる。
「あの馬鹿が、小細工を少しは痛い目を見ればいい」
「痛い目で済むでしょうか?」
「なんだと?」
尼子国久さんの眼が座る。
「加井妻城は高橋の鬼門。尼子の横槍を恐れての出陣でしょうが、急いては事を仕損じるものです」
「高橋が討たれる、と?」
尼子国久さんの顔が更に険しくなる。高橋久光さんには外戚として毛利氏の頭を抑えるという役目もあったのだろう。死ぬかもしれないと聞いて機嫌が悪くなったのだ。
「折角の宴の最中ではありますが、お暇させていただきます。
「あい解った」
一気に酔いが覚めた尼子国久さんが大きく頷いた。俺の内政の時間も終わったのである。
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