第18話三入高松城攻略戦
三入高松城は、承久の乱の戦功により安芸(広島)三入荘に入った熊谷氏が、それまでの居城である伊勢ヶ坪城では防御力に不安があった事から高松山に築いた城だ。
山頂からは、近隣の香川氏の居城である八木城や久村氏の居城である恵下山城が、はるか南西には主家である安芸武田氏の居城である佐東銀山城を見る事ができる。山の北麓には居館である土居屋敷があるから、山頂に逃げられる前にここを占領する必要がある。
「井原常陸介さまが到着されました」
三入高松城を望む場所で薄暮の時間になるのを待っていた俺たちの元に、タレ目気味の若武者、井原元師さんがやってくる。井原元師さんは、毛利弘元の娘である竹姫さんを室に迎えた。つまりは元就さまの義弟に当たる人だ。
井原氏自体は、元就さまの居城である多治比猿掛城から見て南。今回乗っ取る三入高松城から見て東北にある鍋谷城を拠点としていて、6年前の永正8年(1511年)10月に、京関東御役の際に段銭を納めることを誓約することで毛利氏に忠節を誓った一族でもある。
「この度のご助力かたじけなく」
国司元純さんが頭を深く下げる。
「
「はい。殿は勝つことを前提に策をたてる恐ろしいお方です」
「ああ誠に」
俺の言葉に、国司元純さんは僅かに頬を引きつらせながら相槌をうつ。元就さまは策士という噂を広げるための下地作りだ。そこ、戦力差が二倍半ある敵をものともせず撃退した時点で蛇足な気がするとか言わない。
「お主は?」
「殿が最近取り立てた三四郎という者よ」
国司元純さんの紹介に、俺は小さく頭を下げる。形式的には、俺はまだ金で雇われている傭兵でいまのところは志道広長さんの部下だけど、ここで井原元師さんに言う必要は無い。
「ああ、多治比家の
うは。俺の噂、お隣さんとはいえ鍋谷城の城主の耳まで届いているのか。
「常陸介殿。三四郎は今項羽(元繁)を討った剛の者ですぞ?この戦が終われば、論功行賞の第一位じゃ」
井原元師さんの
「これは失礼しました。で、我らはどうすればよいかな?」
井原元師さんが一応矛を収めたので、国司元純さんは説明を始める。
簡単に言うと、
・視認し辛い夕暮れ時に俺たちが熊谷元直とそれに付き従う敗残兵を装って三入高松城に近づく。
・三入高松城の麓にあるに土居屋敷に乱入し占領する。
・国司元純さんと井原元師さんの隊を引き入れる。
という簡単なもの。
三入高松城は堅牢な山城だが、山頂の施設は籠城するときのための軍事施設に過ぎない。攻められた時には山頂の本郭に籠るが、普段は山の麓にある土居屋敷で政務を行うのだ。
そして今回、三入高松城は大軍を率いて攻めた側の城である。本郭に籠っているという可能性は低いのだが、それでも城主が討たれたとなると守りが固くなる可能性がある。経友さんに元直を討たないように頼んだのも、偽元直一行を受け入れてもらうための欺瞞工作なのである。
日が傾いたころ、三々五々に敗残兵らしき人間が三入高松城の方へと向かうのが望遠鏡越しに見え始める。あの中で左腕に包帯のように布を巻いているのが、こちらに寝返って偽情報を吹聴している人間だ。
普通は農村出身の雑兵だとそのまま村に逃げ、金で雇われる傭兵はどこに行ったか判らないほど四散するものだが、そこそこいるな・・・
まあこの時代、縁あれば割と平然と寝返る。この度の戦では三入高松城領主である熊谷元直は捕らえられ、さらにその上の支配者である武田元繁は討たれている。恩が売れるのなら売るのだろう。
「行こうか」
何本も折れた矢が刺さった熊谷元直の鎧を着て熊谷元直を演じる
「殿は怪我をしている!御典医を呼べ!」
「武田は負けたぞ!」
あれこれ叫びながら、高さ2メートルほど石垣を積んだところに建っている土居屋敷へと続く道を上がる。熊谷元直に化けている
「殿は無事か!」
「無事だ!ただ、毛利軍が近づいている可能性がある!斥候をだしてくれ。それより御典医を」
「なんだと!判った」
門兵が屋敷に飛び込み、屋敷が大騒ぎになるのが判る。なので難なく屋敷の敷地内に侵入することができた。それでいいのか門兵。
「お前様!!」
「「父上!」」
十歳と六歳ぐらいの少年を連れた女性がこちらに向かって走ってくる。たぶん熊谷元直の奥さんとその子供たち。なんというご都合主義!
「っつ」
近くまで来て、不意に声をあげる女性。あ、バレたか。俺は女性との間合いを詰めると、子供ふたりを転がしつつ脇差を抜く。
「全員武器を捨てて、その場を動くな!子供と奥方の命が惜しくばその場を動くな!!」
大事なことなので二回言いました。
「子供の身柄を拘束してくれ。さて、貴女は熊谷元直の奥?」
背後に控える部下に指示を出す。
「高松といいます・・・」
俺の問いに、鬼の形相で答える高松さん。
「熊谷次郎三郎(元直)殿の身柄は預かっている。現当主と嫡男が我らが手の内という事だ。この意味が解るな?」
俺は転がして足で踏んずけている少年を念のため鑑定する。熊谷千代寿丸。うん間違いない。隣りは弟か。
「その子は「いや、父上とか言ってたし誤魔化せないから」」
「ぐぬぬ、くっ殺せ」
俺のツッコミに「ぐぬぬ」からの「くっころ」頂きました。姫さまじゃないけど。
「自害も殺害も次郎三郎(元直)殿を懐柔できないので出来ません。抵抗するなら拘束。軟禁とどちらがいいですか?」
観念したらしい。高松の方はがっくりとその場に座り込んだ。
「よし。館内の武装解除を行え。国司さまに合図を送れ」
「はっ」
連れてきた足軽が、館にいた左腕に包帯みたいに布を巻いている熊谷兵に声を掛けて武器を回収していく。
やがて、クルクルと回される篝火の明かりに誘われるように井原さんの足軽が屋敷の敷地内に入ってくる。
「「ははっ。ようやった!一度の戦で二つも大手柄じゃな」」
バシバシと国司元純さんと井原元師さんによる背中を叩かれるという手荒い歓迎が俺を襲う。
「この手柄は国司さまと井原さまで。私は鎧を届けただけですよ」
「ふむ。新参者が手柄を立て過ぎるのも問題か」
国司元純さん理解が早くて助かります。次の手柄で合わせ技一本ということで。
「で、これからどうする?猿掛城に戻るのか?」
「一日中戦場を駆け回っていました。流石に休ませて下さい」
俺の疲労困憊と言った口調に井原元師さんが笑う。まあ史実通りなら、今田城に撤退した香川行景・己斐宗瑞の両名が手勢を率いて武田元繁の弔い合戦を挑んでくる。
今日はここで休んだ方が良いだろう。やれやれ濃い一日が終わった。
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