第5話

 姚一家の若き大姐、姚蘭華ヤオランファ組合アマルガモスのナンバー2である。銀錐シルバーコーンの異能を継ぐ強力な残響遺伝者モンストロである彼女だが、現在の状況に対してはいまだ無力だった。

 初夏の晴れた朝、四人目の犠牲者が中央公園で発見された。

 彼女の部下の一人であった。

 残存戦争以前に市庁舎のあったこの区画は自爆テロで跡形なく更地となり、平和を祈念する公園兼避難所として再整備されている。今回も近傍に高層建築はない。

 すでに汗ばむ暑さ。死体はすでに破片に至るまで回収されていたが、血の跡をたどるように数匹の蠅が飛んでいた。

「遺留品を見る限り、うちのチャンで間違いないようだ」

 同一犯か、と傍の刑事を顧みることなく問う。

「殺害方法からみて間違いないでしょう」

 猪は飛びませんからな、と答えたのは石室である。

「人間を掴んだまま飛翔し、地に叩きつけ殺し、引き裂き喰らう、か。悪鬼の類だな」

「張氏が狙われた理由などに心当たりはありませんかね?」

「……張は難民の保護や仕事の斡旋などを主に担当していた。従前の被害者と面識があった可能性はあるが、私は彼等のことは知らない」

「被害者たちはまだ姚一家の保護下では無かった、と?」

「少なくとも、私が知る限りではな」

「なるほど。それでは……残りのバーテンダーについては改めて緑星会エストレラ・ヴェルデに聞くとしましょうかね」

「ふん……パブロが末端の顔を覚えているとは思えんな」

 緑星会は組合アマルガモスの最大派閥、ブラジル系移民の寄合である。

 会長のパブロ・ネーヴェはそのままアマルガモスの筆頭であり、よくあることだが蘭華とは犬猿の仲であった。

「正体や居場所の目星はついているのか? 猪もまだ何頭か暴れているようだが」

「ハンターや専門の連中と連携しておりますよ」

 専門の連中、にはしれっと柊探偵事務所も含まれているのだが、石室がそれを明かすメリットは双方に無かった。

 数年前のとある事件の結果、姚蘭華と鼎さゆらは「絶対に一緒の空間に置いてはいけない二人」として市警総員に周知されていた。当時担当者だった石室としては極めて切実な危険である。

「人手は必要か?」

「一般の方々に迷惑のかからない範囲で収めたいんですがねえ」

 ふん、と短く嗤って、蘭華は空を見上げた。

 サングラスをかけた横顔から表情は読み取れない。

「アマルガモスも一般人扱いしてくれるのか?」

「……大姐には世話になっていますからね。気になることがあるなら、出来る範囲で」

「舞鶴入管の監視映像は手に入るか」

「我々がチェックした後なら」

 それで構わん、と言い残して、蘭華は現場を離れた。

 血の臭いは、彼女にしばらく纏わりついていた。


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