第4話

 探偵事務所。

「そもそも化物ってどういう事」

 幻鏡災害なら不視切だし、災厄級の異能者なら特計。

 有象無象の異能犯罪者なら確かに石室さんの担当だろうけど、とさゆら。

「うちの主戦力はこう言ってるんですが……」

 久々原は先を促す。本人は真面目なつもりなのだが、その口調はいささか軽薄に映る。しかし石室は慣れたもので意に介す様子もなかった。

「勿論いろんな可能性を見て動いちゃいるさ。だが、どうも今回の件には人間味が薄い。というか……先日の化け猪ともまた現場の様子が違うんだよ」

 どういうことか。

 曰く、巨大猪の脳には不定形と思われる寄生体の痕跡があったのだという。

 清掃用タールスライム等のバイオナノマシンに類似しているが、市販されているものとは照合せず。そして、猪の死体から流れた血に紛れて下水溝に遁走した疑いがある、と。

「……返り血にもついてた可能性?」

 さゆらは自分の身体を顧みる。あの件では特に負傷も無かったが……

「それは安心していい。あの後医者に診てもらった際に汚染の有無は確認済みだ」

「なぜその時言わない……?」

「おおっと怒るなよ嬢ちゃん、その時は関連性に確証がなかったんでな。ともかくいまは下水道を中心に調査してるんだが……そんな中、今朝また人死にが出た」

 ここ2週間、巨大猪の被害とは別に、謎の状況で三人が亡くなっているという。

 二人は大陸出身の未登録移民、一人はブラジル出身のバーテンダー。

 全員が全身の骨を砕かれた上に内臓を貪り食われ、さらに四肢を引き裂かれていたという。

「襲われたのは深夜帯、終電も過ぎた後の繁華街。おかげで目撃者もロクにいやしねえ。唯一の証言者は酔いつぶれてた爺さんでこれもアテにならねえときた」

 ヒト型かどうかすらもこの分では怪しそうだ。

「骨が砕かれてたって、わたしがアレで殴ったときみたいな」

「いいや、ぶっちゃけると嬢ちゃんよりずっとひでえな」

「よかった」

 いや良くはないが。

「……これはまだオフレコなんだがな」

 石室は渋い顔で続けた。

「どうも、高層ビルの屋上から地上に叩きつけられたような有様だったらしい……だが、死体を落とせそうなビルはどれも近くにねえんだよ」

 つまり。

「その何かは、被害者を空中に吊り上げてから落として殺し、それから喰った?」

 まるで果物を地面に落としてから食べる鴉のように。

「まだわかんねえけどな……まあ、いずれこの件は被害者の身元のおかげで俺たちはちょっと動きづれえんだよ。それであんたたちに改めて声をかけたってわけだ」

 窓の外を見ていた久々原が振り返る。

「……大陸とブラジル。淆錬組合アマルガモスが何か?」

「姚大姐が、被害者の身元については首を突っ込むな、とさ」

 市警としても、治安維持に協力してもらっている彼らの意向は無視できない。

「ふうん? まあ組合はもともと未登録異能者や大陸難民のための共同体から出発しているからね……そういうこともあるかもねえ」

「焼夷さん、説明は短く」

「……未登録移民の二人は、大姐の一家が受け入れるはずの難民だったんじゃないかなってことだよ、鼎さん」

「市警もその線で調べてはいる。沿海州がきな臭いせいで舞鶴ルートの難民は正規も非正規も増える一方でな……今年に入ってからは対馬ルートより多いと聞いている」

「その情報は犯人……犯化物を特定する役に立つの?」

「わからん。わからんが、まあ…」

 それを調べるのも警察の仕事さ、と石室は苦笑した。

「今のところ、三人の死体から不定形寄生体の痕跡は出ていないが……」

 もし化物のほうが寄生体に関係しているとすれば。

「こいつは、思ったよりでかい事件になるかもしれねえよ」

 会話を続ける石室と久々原を見ながら、鼎さゆらは思う。


 ……不定形の化け物は、殴りづらいかもしれないなあ、と。

「めんどくさい……」

 鼎さゆらは、仕事熱心な人間ではなかった。




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