第4話  嵐がきた

 引っ越してから、半年がたった。凍華は『ファクターアクトドア』の連載を再会できたし、並行して家庭小説を書き進めていたから、忙しい様子だったし、如月は内定をいくつかもらうことができて、本命の会社の最終選考はまだ先だが、気持ちが落ち着いてきた。一葉も学校になじんで、少しずつだが結衣以外の友人もできるようになった。

 そんなある日、帰り道で、結衣に話しかけられ一葉はいっしょに帰ることにした。

「一葉ちゃんはクールだよね。」

「そうかな?トーカパパは、ふつうの子どもだって言ってたよ。」

「うちのおばあちゃんがね、映画を見てクールだって言ってた、俳優さんに似てる気がするんだよね。」

「なんていう俳優さんなの?」

「えっとね、名前わからないんだけど、自分不器用ですからって言ってたよ。多分、カモク?なところが似てるんだ!」

「寡黙とか、クールとかは分からにけど、多分、お父さんとお母さんがうちはおっちょこちょいだから私がしっかりしたんだと思う。」

 一葉は結衣のたまに出る、突拍子もない話がすごく好きだった。子どもらしく、思ったままの感想。そういう、素直なことを言う結衣がうらやましくもある。

一葉が親と三人で、暮らしていた際は、父も母も一葉の話を聞いてくれなかった。そして、父や母も一葉に話をしてくれなかった。いつも忙しくしていて、大切なことは話してくれないので、二人の行動を観察する癖がついた。昨晩、睦月が何か作業をしているのを見て、次の日に何かを探して家中をうろうろしているのを見て、昨日の書類がないのか、と予測をたてて、探しあててみたり、二人とも朝起きてくるのが遅かったら、自分でご飯を作ってみたり、と役に立ちたい一心で試行錯誤していたが、当の二人には

「あら、きが利くのね。」

くらいにしか思われていなかった。だが、一葉は二人はおっちょこちょいだからしっかりしなくてはという苦しい言い訳で、どうにか自分の心を保っていたのだ。

「おっちょこちょいだから、娘の私を置いていったみたいよ。」

「ふうん?」

 思わず、口から出た本音。だが、結衣のいいところはそういう話は流してくれるところだった。一葉は口ではこんな風に強がっているが、本当はすごく寂しいのだ。睦月は一葉にネグレクトだとか暴力なんて振るわない。でも、それは一葉を自分の所有物だと思っているからで、自分より優先度は低い。壊すなんて許さないけど、それは自分のものだからだ。子育てではなく、管理しているというのが正解かもしれない。

「そうかあ。あ、昨日テレビで見たんだけど・・・。」

そういうところに救われている。だから、結衣と一緒だと気が楽なのかもしれない。

 家の前に来た時、一葉は目を疑った。見たことのある二人組。

「あら、一葉。ここにいたのね。」

「ママ・・・パパ・・・?」

「迎えに来たのよ。さあ、帰るわよ。」



「どうしてここにいる?」

 如月は目の前の光景がとても信じられなかった。ランドセルを背負った一葉の手を引いて、どこかへ連れて行こうとする睦月と義兄。

「如月ママ・・・。」

か細い声で心配そうに如月を一葉が呼んだ。

「どうしてって。私は一葉の母親よ。迎えに来るのが当たり前じゃない。新しい仕事とか住居の準備が済んだから、預けていた子どもを迎えに来た、それってどこか変なの?」

「預けていただけだって?あれは預けたって言わないんだよ。置いて行ったっていうんだ。」

 一葉の手前、言いたくなかったが、つい、声に出してしまった。

「おいおい、そんなことないよ。如月君。私も睦月もただ、少しの間君に一葉を預けていただけさ。あの家も片付いたし、新しく住む家を見つけたんだ。」

 義兄は大げさに両手のひらを上にあげ、へらへらと笑って言う。

「はあ?新しくって・・・。親父たちの家はどうしたんだよ?」

「あの家は売ったわよ。もう、古かったし、それにあの田舎には私たち住むつもりなかったわ。転勤あるのよ。いつまでも持っていても仕方ないでしょ。」

「なんで、何も相談なしで・・・。」

「はあ?なんで、あんたの許可なんかいるのよ。あの家は私が相続したのよ。」

 その時、一葉が睦月の手をふり払って家の中へ入っていった。

「あ、こら一葉。待ちなさい。」

 睦月が追いかけて扉をあけようとする・・・が、開かない。

「あの子、鍵かけたのかしら。まったく、せっかく迎えに来たのに。ほんとにかわいくないんだから。開けなさい一葉。」

「一葉、ママの言うこと聞きなさい。」

どんどんと、戸をたたき続ける二人。すると、インターホンから凍華の声がした。

「どなた様ですか?ひとの迷惑も顧みず、騒ぐのは。」

「あら、きー君と一葉の他にも人がいたのね。あなた、何者?あ、きー君の彼女?」

「いえ、家主です。二人とはルームシェアしていました。」

そういうと、凍華は家から出てきた。

「一葉のご両親ですね。迎えに来た、とお二人はおっしゃいますけど、急すぎではないですか。やっと落ち着いてきたところです。前もってお話ししてくだされば、こんな再会ではなかったと思うのですが。」

「こちらにも事情ありまして、急いでいたんです。今日中にどうしても連れていきたくて。」

言葉こそ、丁寧だが、断固として連れていくという、睦月の身勝手さがにじんでいた。

「そうですか、どうする一葉。帰る?」

そう、凍華はインターホン越しに一葉に問うた。

「・・・やだ。まだ、ここにいたい。ううう・・・。凍華パパと如月ママと暮らしたいよ・・・。」

と、しゃっくりをあげながら、一葉は泣き出した。

「だって。今日は帰ったらどうですか?」

「何言ってるの一葉。今日じゃなきゃダメなのよ。そうじゃないと、給付金もらえないでしょ。」

 睦月の怒鳴り声で、一葉がびくついたのがインターホン越しでも伝わってきた。凍華と如月は睦月が今日にこだわる理由を把握した。某政策により、給付金の支給がある予定だったが、世帯主の口座に一括して世帯分の振り込みがある。今、一葉は凍華の世帯に入っていた。これを今日中に睦月たちの世帯に入れたい、つまりは自分たちの口座に振り込みを受けたいということだ。

「お金のためかよ・・・。」

 如月がつぶやく。睦月は分が悪いと思ったのか、正面突破を図り、凍華を突き飛ばして、玄関の扉を開けようとした。

その時、だった。扉が勢いよく開き、中から一葉が飛び出してきた。

「一葉!」

睦月と義兄が両手を大きく広げたが、それをすり抜け、一目散に凍華の下へ駆け寄った。

「凍華パパ!大丈夫?」

「なんで、一葉!」

睦月が再び怒鳴り声をあげたとき、

「イヤダ。コノ家二ハイラナイデ。」

急に地震がきたような揺れが襲った。如月は慌てて、凍華と一葉に覆いかぶさり、揺れから庇う。まるで、家が悲鳴をあげるかのような揺れだ。

気持ちが強ければ強いほど、大家さんは入れてくれない。住人の許可がなければこの家には入れないから。

「あんたたちは一葉に拒絶されたんだ。」

「凍華パパ・・・。」

「はあ?何よ。凍華パパですって。一葉あなた、さっき、如月のことも如月ママって呼んでいたわよね。何よそれ。家族ごっこ?」

 凍華の心が冷えた。家族ごっこ。凍華には確かに身内がいない。二人にその家族の幻影を追い求めてしまっていたかもしれない。

「それの何が悪い?最初はごっこだったかもしれない。でも、血はつながらないし、まだ知らないことだってあるけど、二人は大切な家族だ。大切に思って暮らしてる。それを家族じゃないなんでどうして言い切れるんだよ。」

 如月が叫んだ。

「あんたと俺は少なくともそうじゃなかったよ。血はつながっていても、人生丸ごと知っていても、あんたとはそんなんじゃなかった。一葉ともそうなんじゃないか。」

「何を勝手なこと言ってんのよ。」

睦月の声が震えた。

「もう、ここには来るな。少なくとも、今のお前には一葉は渡せない。」




 とりあえず今日は帰ろうと、義兄の声に促され睦月たちは帰っていった。三人は家に入る。家の中はあんなに揺れたというのに、何も落ちてはいなかった。廊下には珍しく、大家さんが姿を現し、ウィーンと音羽あげながら、掃除していた。三人は大家さんに

「ありがとう。」

と声をかけた。

凍華は倒れた拍子に膝をすりむいており、その手当をするため、リビングで如月は薬箱を広げた。一葉は凍華が心配らしく、凍華のそばから離れない。

「凍華さん・・・。本当にすみません。うちの事情に巻き込んでしまって。」

「・・・ありがとう。」

「へ?」

「違う、その・・・巻き込んで迷惑なんて思わない。むしろ嬉しかった。私は生まれたときから家族と呼べる人は誰もいなくて、今日初めて守りたいって思う家族ができたんだって実感したよ。だから、ありがとう。二人とも。私を家族にしてくれて。」

 凍華さんはうっすら涙を浮かべている。

「そんな、むしろ、俺と一葉の方が嬉しかった。・・・あれ、おかしいな。涙が・・・。」

ぽろぽろと零れ落ちる。二人の様子を見て、一葉も再び泣き出す。悲しかった。どうして、あの人は・・・。

「期待してしまうんだろうな。君と一葉は。お姉さんが自分を大切に思ってほしい。何度裏切られて、傷ついても期待してしまう。」

「そうかもしれない・・・。」

 凍華は優しく、一葉の頭を撫でた。

「なあ。如月ママ、一葉、ここ引っ越そう。君たちは新しい世界に出るべきだ。」

「え・・・いきなり何言うんですか。」

「やだ・・・。」

 いきなり、家主からでた退去の請求に戸惑う二人。

「一葉は、ほんと素直に話せるようになったな。さっきも偉かったぞ。でも・・・それが一番いいって思った。」

 離れて暮らしても私たちは家族だよ。そう、凍華さんは最後に言った。まるで、自分に言い聞かせているみたいだった。




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