第7話 その2

 美穂が教室に姿を見せると、クラスメイトの女子たちがいっせいにまわりを囲んだ。

 彼女たちは口々に「すごいよ!」「テレビ見たよ!」「大人気だよね!」などと囃し立てた。

 もちろん称賛するだけでなく、一緒に写真を撮ったり、サインをねだったりと、美穂のことをまるで人気アイドルのように扱った。

 さらに登校の噂が校内を駆け巡ったのか、他のクラスの生徒や、上級生たちも集まってきていた。


 悦司は久しぶりに登校してきた美穂を見て、何か話しかけようと試みたが、言いたいことがまとまらないのと、どういう顔をして話しかけたらいいのかわからないのもあって、この騒ぎが収まるのを待つことにした。

 巨大な人の輪を避けた悦司は、その輪から離れた席にポツンと座る真幌の元へ向かった。

 今日の真幌はジャージを着て、髪をポニーテールにしていた。

「元気な陸上部キャラの真幌さん」

「……正解」

「見たか?有名になるっていうのはああいうことだぞ」

「まさにスターって感じだね。でもあれって楽しいのかな?」

「経験者から言わせてもらうと、あまり楽しくないぞ」

「そうなの?」

「ああいうのは、最初はすごく元気をもらえるけど、だんだん一線を引かれているように感じてきて、そこから本当に距離を置かれるようになるんだ」

「あんたの場合は、まわりのみんなも小学生だったから、接し方がわからなかったんじゃない?同級生がスターになるなんて経験、初めてだろうし」

「そうだよな。やっぱりオレは何もかもが早すぎたんだよな」

「あの子はそうならないといいね」

「ああ、オレもできる限り協力するつもりだ」

 美穂を取り囲む人の輪は、全く小さくなる気配がなかった。


 ――結局美穂は、そのまま午後の授業が終わるまで、毎時間ごとにクラスメイトたちに囲まれていたため、悦司は話しかけるタイミングを失っていた。


 ところが放課後になると、美穂の方から悦司に近づいてきた。

 クラスメイトたちに帰宅の挨拶を済ませた美穂は、ニコニコしながら悦司の元へ歩み寄ってきた。

「やあ、久しぶりだね、悦司」

「……ああ、大活躍だな」

「ぜんぜんLINEくれないね」

「だって忙しい時は邪魔だろ」

「……ホントにわかってないなぁ」

 美穂は急に不機嫌になった。

 そのやりとりを遠くから見ていた真幌は、気を遣ったのか、悦司に小さく手を振ってから教室を出ていった。

「オレさ、テレビで見て、美穂のツッコミの腕がどんどん上がっていくのにビックリしたんだぞ」

「……楽屋でずっと練習してるからね」

「エピソードトークも面白いぞ」

「あれはね、収録前に聖愛ちゃんが考えてくれてるの」

「あとはネタの精度も……」

「あのさ……やっぱりわかってないよ悦司は。そういうところを褒められたいんじゃないんだけどな」

「何か褒められたいのか?さっぱりわからん」

 悦司は本当に美穂が求める答えがわからなかった。首をひねる悦司に美穂がヒントを出した。

「ねえ悦司。最初に私たちを見た時、どう思った?」

「まぁ、衣装とネタがカワイイと思った」

「衣装とネタ?それだけ?本当に最初に思ったことを正直に言えば正解だと思うよ」

「最初に思ったこと?」

「どう思った?」

「……美穂が可愛かった」

「そっか……いや、やっぱり今のナシで。今のは無理矢理、誘導して言わせたっぽいからノーカンで!」

「さっきから何言ってるのかわかんないんだけど?」

「いいの、忘れて」

「あ、そういえば「さすがプロのメイクさんは違うな~」とも思ったかも」

「なにそれ、ぜんぜん嬉しくない」

 美穂は「ホワイトブレンド」の時とは違う、厳しめのツッコミをした。


 二人は久しぶりに一緒に下校をしながら話を続けた。

「実際のところ、あの聖愛ってやつはすごいな」

「私が相方にオススメした意味、わかってくれた?」

「わかったけど。オレとは上手くいかない気がする」

「そうなの?」

「オレもネタを作り込むタイプだし、おそらくあいつもそうだろう。だとしたら絶対に意見がぶつかってまとまらないと思う」

「でも共感するところも多いんじゃない?」

「それよりも絶対にぶつかることの方が多くなるよ。二人ともこだわりが強すぎるから、どっちも絶対に折れない」

「うーん、そう言われるとそうかも……」

「そんなんじゃ、コンビは長く続かないよ」

「……」

「だからオレは相方にするなら、天才やライバルじゃなくて、一緒に努力しあえる仲間がいいんだ」

「そっか……わかった。もうこの話はしないね」

 美穂はぎこちなく笑った。


 並木の下を久しぶりに二人で並んで歩いた。

 悦司は二人の歩く速度がいつもと変わらないことに、心地よさを感じていた。

「で、どうだったんだ?久しぶりの学校は?」

「うん、最初はちょっとびっくりしたけど、みんなが喜んでくれて嬉しかった」

「美穂も一気に有名人だもんな」

「小学生の頃の悦司もこんな気持ちだったんだね」

「ああ。これから美穂のまわりも変わっていくから、気をつけろよ」

「気をつけるって?」

「売れる前の自分をちゃんとキープしていろよ」

「うん!ありがとう!」

「……なんでそんなに喜んでるんだ?」

「だって、初めて悦司が本気のアドバイスをしてくれたんだよ!」

 美穂はようやく心から笑った顔を見せた。

 恥ずかしくなったのか、悦司は話を逸らせた。

「それで、今日はオフだったのか?」

「うん、最近ほとんど学校に通えてなかったから、1日空けてもらったんだ」

「忙しそうだけど、体は大切にしろよ」

「うん、ありがと。あとはね、今日渡したいものがあって学校に来たんだ」

「渡したいもの?」

「これを受け取って欲しいんだけど」

 そう言って美穂はチケットを2枚取り出した。

「夏のお笑いフェス、出演が決まったんだ」

 ――悦司と真幌が初めてオーディションを受けたあの大規模フェス。

「二人にも見に来て欲しいなって思って……」

 悦司は一瞬、複雑な感情が入り混じった表情を浮かべた。そして美穂の手から静かにチケットを受け取った。

「ありがとう、見に行くよ」

「うん……でも悦司に見られるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいな」

「大丈夫だよ。会場が広すぎてステージからはほとんど見えないよ」

「それでも恥ずかしいんだよ」

 そう言うと、美穂は悦司の手を引いて、いつも寄り道するカフェに入った。

 そこで二人はこれまでそうしてきたように、代わり映えのしない話を続けた。

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