第7話 その3

 夏が来た。

 フェスの季節が始まった。


 最近は音楽フェスだけでなく、お笑いの大規模フェスも開催されるようになっていた。

 その鏑矢となるのが、7月の海の日に開催される幕張メッセの大規模お笑いフェスだった。


 会場は、人気の芸人たちが次々に登場する、豪華な「メインステージ」と、若手の注目株が集まる「ネクストステージ」に分かれている。

 美穂と聖愛の「ホワイトブレンド」は、デビューしてまだ2ヶ月だというのにネクストステージのトップバッターに指名されていた。

 主催者の期待がどれだけのものなのかこれだけでも明らかだった。

 主催者としても新しさを感じる2人にオープニングを任せるのは、ネクストステージがどういう場なのかを示すためにはもってこいなのだろう。


 フェス当日、悦司と真幌は開幕前のネクストステージの会場にいた。

 空調からの冷たい空気が満たされているにも関わらず、観客の期待と熱気で蒸し暑く感じるほどだった。

「まだ午前中なのにすごい人だな」

「みんな早起きだね~」

 開幕は正午。「ホワイトブレンド」はフェスの開幕と同時にネクストステージに登場する。

 真幌は興味深そうに周りにいる大勢の観客たちを見回した。

「ねぇ、これって何人ぐらい来てるの?」

「そうだな。3千人ぐらいかな」

「そんなにいるの?」

「多分メインステージは万単位だと思うぞ」

「すごいね~」

 真幌は目をキラキラさせていた。

「なあ真幌、覚えてるか?オレたち、この舞台に立つオーディションを受けたんだぞ」

「あはは、いま思えば無謀だったね~」

「でも今は合格しなくてよかったって思ってるよ」

「どうして?」

「不合格になって「お笑い」ってものともう一度、真剣に向き合うことができたからな。あそこで合格していたら、オレはオレのやり方がずっと正しいと思ったまま、また間違えていた気がする」

「うーん、難しいことはよくわかんないけど、まだまだ力不足だったってことだよね」

「そうだな」

 悦司がそう答えた瞬間、場内が暗転した。

 観客から大歓声が巻き起こると同時に、ネクストステージの進行役がステージに上がってきた。

 軽くひと笑いあったところで、ネクストステージの開幕が告げられた。


 白とピンクのスポットライトがステージを照らす中、会場に竹内まりやの「色・ホワイトブレンド」が流れてきた。

 この曲は「ホワイトブレンド」の出囃子。

 軽快なリズムにあわせて、夏のフェスらしいノースリーブの白と薄いピンクのワンピースを着た2人が登場した。


 会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。

 歓声は若い男の野太い声と、女子の「かわいい!」という声が半々。

 男性の声量のことを考えると、女子のファンが多いのかもしれない。


 手を振りながら歩いてきた2人が、ステージ中央のセンターマイクの前に立った瞬間、悦司は驚きの声をあげた。

「おい、マジかよ……」

 客席に、まるでアイドルのライブ会場のような、色とりどりのサイリウムが灯った。


 いままで誰も見たことがない、革新的なお笑いライブの風景――

 「ホワイトブレンド」は間違いなく、お笑い界に新しい風をもたらしていた。

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