第5話 その1

 昼休みになり、真幌は食堂へ向かった。悦司も教室を出てその後を追いかけた。

 廊下を歩いていた真幌は、すぐに悦司が追ってきていることに気が付いた。

「今日は一緒に食べる約束してないよね?」

「ま、そう言わずにさ、相方なんだからさ、一緒に食べようよ」

「……別に構わないけど」

 悦司は真幌の横に並び、一緒に食堂へ歩き始めた。

「オーディションの結果、残念だったな。力不足でごめん!」

 その言葉に、真幌は淡々とした口調で答えた。

「それがさ、あんまり残念じゃないんだよね」

「えっ?そうなの?」

「だってさ、面白い人たちがいっぱいいる中に、素人が一人だけ紛れ込んでるんだよ。そんなのプロから見たらすぐバレるでしょ」

「まぁそれは百も承知だったんだけどさ、逆にそれが面白いっていう人がいると思ったんだよ」

「いや、向こうも商売なんだから、そこまで冒険しないでしょ」

「……お前、意外とドライなんだな」

 真幌は少しだけ微笑んだ。

「でもさ、ドライなわたしでも、お笑いってなんか面白そうだなってことはわかったよ」


 食堂の同じテーブルで食事をし終えた二人は、なんとなく中庭のベンチに移動していた。

 食後の火照った体には、そよ風が心地良い。

「ねぇ、これからどうするの?」

 真幌は少し不安そうな顔をして聞いてきた。

「オレとしては、一気に大舞台に立って名前を売るつもりだったんだけど……」

「わたしが足を引っ張っちゃったんだよね」

「そんなことはないよ。今回はオレの力不足だったんだ」

「いや、わたしが上手く演じられなくて」

「いや、オレの言葉選びが……」

「……ねぇ、もうこのやりとりやめよう。キリがないよ」

「そうだな」

 二人は黙り込んでしまった。校庭で遊ぶ生徒の声と鳥のさえずりだけが聞こえてきた。

 悦司は雲がかかった空を見上げながら、真幌に尋ねた。

「なぁ真幌、コンビは続けてくれるんだよな?」

「もちろんそのつもりだけど」

「オレたち、どうしたらいいと思う?」

「そんなの簡単じゃない?」

「えっ?」

「少年漫画だったら、負けた後は「修業」でしょ」

 悦司はすぐに何を言いたいのか理解した。真幌もそれがわかったのか言葉を続けた。

「レベル30とレベル1のパーティーがいきなりラスボスに勝てるわけないよね」

「そりゃそうだよな。だから経験値を積んでいこうってことか」

「そうだよ。せめてわたしがレベル20ぐらいまで上げないと勝負にすらならないよ」

「そうだな……」

 悦司は改めて真幌の顔をじっと見た。

「な、何よ」

「オレさ、真幌には本当に申し訳ないんだけど、たぶんオレはどこかで、これまでのやり方で勝負できると思ってたんだよな」

「その限界が今回でわかったでしょ」

「ああ、すっげーわかったよ。オレの甘さを痛感したよ」

 悦司は一瞬、事務所で見せてもらったメールを思い出した。そこにも確かに「もっと成長できる。満足するな」と書かれていた。

「それにさ、あんたわたしに言ったじゃない「どう見られているか」がわかったら「何を見せるか」を考えようって」

「そんなこと言ったか?」

「わたしはそう受け取ったの。でね、わたしは昨日初めて人前でネタを披露して「どう見られているか」っていう感覚を理解できた。だからこれからは「何を見せるか」を考えよう」

「……そうだな。オレたちにしかできない笑いを探してみようか」

 二人は顔を見合わせた。そして一緒に頷いた。

 いつの間にか雲が消えて、眩しい日差しが二人を照らしていた。


 ――ところが前へ進み始めた二人に予想すらしていなかった衝撃が襲いかかった。

 その衝撃の発信源は、悦司の幼馴染・美穂だった。

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