第5話 その2

 最近の悦司にとって、放課後は真幌と二人でネタ打ちやネタ合わせをする時間になっていた。

 二人とも部活には所属していなかったので、時間はある程度自由に使えた。

 練習場所は中庭のベンチが定位置となり、日が暮れる頃に自然と終わるようになっていた。


 ある日の放課後、悦司は真幌にこんなことを聞いてみた。

「もう生配信はやらないのか?」

「うん。人前に立つのが怖くなっちゃって……」

「怖い?」

「カメラの向こうのみんなも、あんな目で見てるんでしょ」

 真幌が言う「あんな目」とはオーディションの時の審査員たちの目のことを言っているようだった。

「いや、あれは相当特殊な場所だから……」

「だって5人であれでしょ。もし何千人もいたらどうなっちゃうの!?」

「おいおい、そんなこと言ったら、テレビなんてもっと何十万人単位で見てるぞ」

「そ、そうなの?」

「視聴率1%で100万人だからな。深夜番組でも全国で300万人ぐらい見てる計算だ」

「うー、ちょっとムリかも……」

「前に『有名になりたい!』って言ってた勢いはどうした?あまりビビリすぎるなよ」

「……うん、頑張ってみる」

 真幌はギュッと手を握った。


     ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 オーディションから三週間ほど過ぎたころ、久しぶりに美穂からLINEが送られてきた。

 美穂もここのところ忙しかったようで、登校のときも、放課後も、LINEでも、しばらく会話をする機会が無かった、

 そんな美穂から突然メッセージが送られてきた。――いや、実際にはメッセージは書かれておらず、URLのリンクだけが貼られていた。

 悦司は「ウイルスとかスパムじゃないだろうな」と怪しがりながらも、リンク先を開いてみた。


「……おい!なんだこれ!オレンジカンパニーのホームページじゃないか!」


 オレンジカンパニーとは新進気鋭のお笑い事務所。

 そのホームページに新しく事務所に加入したコンビの写真が載っていた。

「『ホワイトブレンド』?こんなコンビいたか?」

 そこに貼られていたコンビの写真には、衝撃の人物が映っていた。

「み、美穂!?」

 アー写を見ると、フェミニンなミディアムヘアの美穂の右隣に、美穂よりちょっと背が低い、ふわっとした内巻きボブの女の子が並んでいた。

 悦司はその顔をよーく見てみたが、全く見覚えがなかった。

 次にフルショットの写真の方を見ると、美穂はクリーム色の、隣の子は薄いピンクのふわふわワンピをお揃いで着ていた。

「……これって、お笑いコンビなのか?」

 悦司にはその写真が「女子高生モデルの2ショット」のように見えた。

 しかし、オレンジカンパニーはバリバリのお笑い事務所。

「もしかして似てるだけかも……」

 頭の中が疑問符だらけになった悦司は、恐る恐るプロフィールを見た。


 ――そこにはこう書いてあった。

『コンビ名:ホワイトブレンド 美穂(右)聖愛(左)』

「おもいっきり美穂じゃねぇか!!」

 顔も一緒。名前も一緒。そこにいたのは間違いなく美穂だった。

「それに聖愛?聖愛……?どこかで聞き覚えがあるような……」

 悦司にはすぐにその名前を思い出すことができなかった。


 さらにその下にはコンビの紹介文も書かれていた。

『現役女子高生お笑いコンビ爆誕!かわいくてハッピーになれる「ゆるふわチャット」が超キュート』

「……『ゆるふわチャット』ってなんだ?」

 お笑い芸人としての性なのか、気が動転しているのか、今の悦司は美穂がコンビを結成した衝撃よりもネタの内容の方が気になってしまっていた。

「……ちょっとまずいぞ……これもしかすると、ヤバいかも」

 ――これまで女子コンビのネタといえば、ビジュアルやプライベートいじりのネタが多かった。

 それがもし可愛い女子2人が、可愛いことを言うネタをやるとしたら……

 悦司は戦慄した――「これは世間を巻き込むことになるぞ」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る