第3話 その1
真幌が走り去るのを見送った悦司は、放課後の教室へ荷物を取りに戻った。
ところが誰もいないように見えた教室には、美穂が一人、ポツンと座っていた。
なぜか彼女が座っていたのは悦司の席だった。
「やぁ、遅かったね。どこ行ってたの?」
悦司の姿を見つけた美穂は、ゆっくり立ち上がりながら悦司に近づいてきた。
「中庭のベンチにいたんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
やがて悦司の目の前に立った美穂は、強引に作ったような笑顔を浮かべて言った。
「鮎川さんなら、もう帰っちゃったよ」
「……知ってるよ。さっきまで一緒にいたから」
「うん、私も知ってる」
悦司は「知ってるなら『どこ行ってたの?』とか聞くなよ」と言いかけたが、おかしな様子の美穂に何も言えずにいた。
美穂は教室の入口で立ちすくんでいた悦司の手を引き寄せた。
「ほら、立ってないで荷物取りに行きなよ」
背中を押された悦司は、不穏な空気を感じながら自分の席に向かった。その後ろをついてきた美穂が、再び話しかけてきた。
「……ねぇ、何話してたの?」
「た、大したことじゃないよ」
「うそ。大事なことでしょ」
悦司は自分の席に着き、荷物を手にとった。
「大事かと言われれば、そうかもしれないけど。それがどうかした?」
すると美穂は、帰ろうとする悦司の目の前に立ちはだかり、こう尋ねた。
「……もしかして相方に選ぶの?」
「ああ。オレはそう思ってるけど。真幌がどういう決断をするかまでは……」
「真幌?」
美穂は急に険しい表情に変わった。
「あいつ鮎川真幌って言うんだよ」
「うん、知ってるよ。でもどうして名前で呼んでるの?」
「……だって真幌がそう呼べって言うから」
「ふぅん、どうなのかな、それって。私が他の男子を名前で呼んでもいいのかな?」
「オレは別に構わないけど……」
「馬鹿なの?」
「馬鹿って……なんかオレ、最近女子から『馬鹿』って言われまくってるな」
「そりゃ言われるでしょうね。しかも「女子から」って。どうせ鮎川さんからなんでしょ」
美穂はそう言うと、怒って先に帰ってしまった。ところが悦司はなぜ怒られているのかよくわかっていなかった。
翌朝、オーディション当日までは、この日を入れて残り四日となった。
悦司は昨日の夜から、真幌とのこの先の未来を思い浮かべて興奮するあまり、ほとんど寝ることができなかった。
登校中、美穂が前を歩いていたが“話しかけるなオーラ”全開だったので、少し離れたところから距離を置きつつ歩いていた。
教室に入ると、珍しく真幌が先に登校していた。
「お、おはよう」
悦司は最大級の笑顔を作って、ぎこちなく話しかけた。
――はたして真幌が下した決断は?
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