第2話 その4

 告白と勘違いした真幌をなだめ、中庭に場所を移した悦司は、木陰に佇むベンチに並んで座った。

 真幌はまだ動揺が収まらないのか、やたらとモジモジしている。

 そんな真幌の姿を見て「やっぱり面白いやつだな」と思った悦司は、気持ちを落ち着かせるように優しい声で尋ねた。

「なぁ、真幌はオレのこと、どのくらい知ってる?」

「……昔テレビで見たことぐらいしか知らない。あなた以外のクラスの子のことも、ほとんど知らない」

「『人気者』なのに?」

「うぅ……」

「ごめんごめん、ちょっとしつこかったね」

 悦司は「ふぅ」と息をひとつ吐き、ここまでの優しい口調から、真面目なトーンに変わった。

「でもさオレ、だんだんテレビで見なくなっていったでしょ」

「うん、まぁ……」

 他人に対する気遣いはできるのか、真幌は少し口ごもった。

「中学生になるとさ、可愛げがなくなるんだよ。特にオレたちは『小学生』ってところだけに価値があったからさ」

「そう?それなりに面白かったと思うけど」

「うん、ありがとう。それでも面白かったと感じたのは『小学生にしては』なんだけどね」

「ん?どういうこと?よくわかんない」

 悦司は両足を投げ出し、空を仰いだ。

「お笑いの世界ってさ、面白い芸人さんって山ほどいるんだ。その中で“面白い”以上の価値が無い芸人は埋もれていくの」

「つまりあんたにとっては、その価値っていうのが『小学生』だったってこと?」

「そう。だからオレは『中学生になった』っていうほんの些細な時間の流れだけで、その価値を失ったんだ」

 ベンチに座る二人の頭上を鳥が横切っていく。真幌も悦司の真似をして足を投げ出した。

「でもそれって、どうしようもないことじゃない?」

「うん……そうだよ。だからそれが悔しくてさ。必死に抗ってきたんだけど……」

「あの隣の子は?ちょっと太ってた子。あの子は一緒に頑張ってくれなかったの?」

「まぁあいつはさ、お笑いには最初から本気じゃなかったんだ。元々俳優になるために子役をやっていたから」

「……ってことは、ずっと一人で?」

「そうだね。本当は二人でなんとかしたかったんだけど、今思えば一人だったのかもね」

 沈黙が二人を包んだ。真幌は悦司にかける言葉が見つからなかった。

 遠くから部活の音が聞こえてくる。まだ少しだけ冷たさを感じる風が二人の間を通り抜けた。


「……ねぇ、それで夢の話は?」

 真幌が再び口を開いた。

「夢の話をしようって言ってたじゃない。だからついてきたんだけど」

 悦司は姿勢を正し、改めて話を始めた。

「そうだな。まずオレの夢から話そうか。オレの夢は……」

「うん」

「オレの夢は、もう一度、輝くステージに立つこと」

 悦司の瞳の奥に映っていたのは、遠い昔の、懐かしい風景だった。

「眩しい光に照らされた舞台。……テレビスタジオの熱気溢れる照明だったり、劇場でオレたちだけに向けられたスポットライトだったり。あの華やかな光に満ちたステージに、オレはもう一度立ちたい」

 真幌は無言で、悦司の顔をじっと見つめた。

「まぁ、すごく安っぽいかもしれないけどさ。それがオレの夢」

 その言葉に、真幌は力強くうなずいた。

「うん。すごく安っぽいね!」

「は、はぁ?」

 予想外の答えに、悦司は思わず声をあげた。

「ど、どうして?」

「そんなのをゴールに考えてるなんて、すっごく安っぽいよ」

「えっ?」

「どうせ表舞台に立つなら、世の中のやつらの価値観を全て変えてやる!ぐらいの気持ちで立ってよ」

「……それって、それがお前の夢なのか?」

「違うよ。ちっぽけな夢しか語れないやつに、わたしの夢は言わない」

 悦司はその言葉を聞いて大声で笑った。

「あははは。やっぱりオレの目は間違ってなかったかも」

「えっ?何?急に」

「なぁ、真幌」

 悦司は真幌の肩を両手で掴んだ。

「え、は、はい……」

「真幌……」

「ゴクリ」

「オレの……オレの相方になってくれないか?」

「あ、相方?」

「オレと……コンビを組んでくれないか?」

「そっちか!」

「そっちってどっちだよ」

「あ、相方っていうから、てっきりゴニョゴニョ……」

「そっか。“彼女”のことを“相方”って言うやついるもんな。残念だけどオレ、真幌にそういう感情無いから」

「えっ?!わたし今、フラれた?」

「振るとか振らないとかそういう感情すら無いし、そもそもオレ、相方には手を出さないから」

「いや、普通どんなコンビも手を出さないでしょ」

「それがさ、あの有名なコンビの……いや、やめておこう」

「そこまで言って最後まで言わないつもり?つまんない!つまんない!」

「こら!お前、芸人に『つまらない』は絶対に言っちゃいけない言葉だぞ」

「へぇそうなの。これからは思ってても言わないようにする」

「なんだと~!」

「あははは」

 二人は声を出して笑った。


 悦司は改めて真幌に、コンビを結成してくれないかお願いした。

「なぁ、オレの夢の『第一歩』を叶えるために、お前の力を貸してくれないか?」

「……なんで会ったばかりなのに、そんなに評価してくれるの?どう考えても過大評価だよ」

「そんなことないよ。お笑いも恋愛と同じで、フィーリングが大事なんだ。出会いはいろいろあるけど、こいつとなら!って思える出会いは本当に一握りなんだよ」

「恋愛と同じって……わたしはそんな経験ないからわかんない。あなたはたくさんありそうだけど」

「も、も、もちろん、恋愛経験なんて、や、山のようにあるに決まってるじゃないか!」

「……あんた今、配信の時のわたしと同じことしてない?してるよね?」

「うぅ、確かに」

「でも、少なくともわたしに何かを感じてくれていることはわかったから、ちょっと時間をくれないかな」

「ちょっとって?」

「明日には答えるから」

「わかった。ありがとう」

 悦司は真幌の手を握った。真幌は恥ずかしそうにその手を払った。

「まだ、わかんないんだからね」

「わかってるよ。だから今日は生配信でもして、みんなに相談してみてくれ」

「もう!意地悪だな!絶対見るつもりでしょ!配信なんてしないから!」

 真幌はベンチから立ち上がり、小走りで去っていった。


 夕暮れの帰り道、真幌は一人、駆け足で家路に向かっていた。

「もう、なんなんだあいつは!ほんと、なんなの……」

 そうつぶやく真幌の口元は、少し緩んでいた。

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