第3話 その2
悦司は教室に入るなりすぐに真幌の席に向かい、ぎこちなく話しかけた。
「お、おはよう」
真幌は慌てて立ち上がり、両手をバタバタさせた。
「ちょ、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、待ってくれないかな!」
「オレは構わないけど……何か引っかかってる?」
「う、うん……」
「言えること?」
「……ごめん、もう少し待って」
「わかった。考えがまとまったら声をかけて」
悦司はそう言うと自分の席へ向かった。真幌とのただならぬやりとりの様子を見た友人たちに、あっという間に囲まれたが、適当にごまかして話題を逸らせた。
それから悦司はずーっとソワソワしながら、真幌の答えを待ち続けたが、休み時間になっても、昼休みになっても真幌は話しかけて来なかった。
五時間目が終わり、休み時間になったが、真幌からは一向に話しかけてくる気配はなかった。
(あいつ今日は珍しく一度も寝てないな。真剣に考えてくれてるのは間違いなさそうだけど……)
悦司は放課後になったら自分から話しかけてみることにした。
(あれ?そういえば、今日は美穂とも話をしてないな……)
昨日の一件で美穂から避けられている気がしていた悦司は、チラッと美穂の方を見た。
(何か怒ってるみたいだったけど……)
悦司は友人たちと楽しそうに話をしている美穂を見て「あんなに笑ってるってことは、やっぱり怒ってないのかな?」と勝手に納得した。
やがてホームルームが終わり放課後になった。すると真幌の元へ向かおうと意気込んでいた悦司の元へ、真幌の方から歩み寄ってきた。
「……ごめん。中庭のベンチで待ってて」
「わかった」
悦司は帰り支度を整えて、中庭のベンチに向かった。
教室の中ですれ違った美穂が何か言いたげだったが、見て見ぬ振りをして教室を出た。
中庭のベンチで数分ほど待ったところで、真幌が姿を見せた。
真幌は悦司の隣には座らず、目の前に立った。
「……ごめんね。返事遅れてごめん」
「うん、大丈夫だよ」
真幌はまだ答える勇気が出ないのか、両手でバッグを持ち、うつむいて震えていた。
「すぐに答えが出せないのって、何かひっかかってた?」
悦司が優しく尋ねると、真幌はコクリと頷き、これまでに聞いたことがない小さな声でブツブツと何か言い始めた。
「……わたしにはよくわからなくて、でも、あなただけが知ってることがあって……」
「どうしたの?」
しばらくブツブツ言い続けたところで、意を決したのか真幌は顔を上げ、必死に問いかけてきた。
「ねぇ!ひとつだけ教えて欲しいんだけど!」
「な、何?!」
「わたしは有名になれるかな?」
真幌がずっとこだわっている「有名になること」。悦司には、なぜそれにこだわるのかはまだわからないが、きっと真幌にとっては大事なことなんだろう。
悦司は即答せず、じっくり考えてみた。しばらくして悦司は答えを思いついて照れくさくなったのか、横を向きながら答えた。
「オレが有名にするよ」
「えっ?……あ、そっか」
突然、真幌が笑顔になった。
「それは100点満点の答えだね」
「えっ?どうして?」
「だってあんたは一度成功してるもん」
「あ、ああ……」
「やっぱり本当に成し遂げた人の言葉は重いよ」
「いや、そこまでじゃないだろ」
「重いよ。わたしみたいなリアリティの無い、浮ついた薄っぺらな言葉じゃなくて、結果と実績に裏付けされた言葉には、本当にそう思わせてくれるだけの力があるよ」
その言葉を聞いて、悦司は空を仰いだ。
(――あぁ、オレが今までやってきたことが、今オレを助けてくれたんだな……)
改めて悦司は立ち上がり、真幌の顔を見た。真幌も自分の発言が恥ずかしくなったのか横を向いていた。
「ありがとう。ということは、オレと……」
「それは……ね。相方っていうのはちょっと……」
「えっ!?」
「わたしは有名になりたい。だからそのためにあなたを利用したいの」
「はっきり言うね」
「だから相方じゃなくて“共犯者”ってことでどう?」
「共犯って!お笑いは犯罪じゃないぞ!」
「違うの。お笑いってさ、面白くって楽しくって、人の時間を奪うでしょ。それってもう泥棒だし立派な犯罪じゃない?」
「ああ、それを犯罪って言うなら、オレは喜んで犯罪者になるぞ!」
ニッと笑った二人は、この日初めて視線を交わした。悦司は真幌のこういう感性を気に入っていた。
「それじゃ、今日からオレたちは共犯者ということで」
悦司は手を差し出した。真幌は一瞬躊躇してから、その手を握った。
「うん、なんか、あったかいね」
「……真幌、ちょっとキモいぞ」
真幌は急に恥ずかしくなったのか慌てて手を離した。
「バカなの!女子にキモいって言うな!」
「ごめん、ごめん。でもわかっただろ。オレは元有名人とか特別な人間なんかじゃなくて、ただの手があったかい人間なんだよ」
「うん、あったかかった。ちょっと湿ってたけど」
「手汗だよ!緊張してたんだよ!」
「あはは、いいシーンだったのに、ひとこと余計だったね!」
二人は声を出して笑った。
悦司は真幌を隣に座らせ、今置かれている状況について淡々と説明を始めた。
大規模お笑いフェスのオーディションまで残り三日。
オーディション当日を除けば、ネタを考えるのに一日、練習できるチャンスは一日しかなかった。
さすがにその鬼畜なスケジュールには、真幌も唖然としていた。
悦司は急いで家に帰ると、必死になってネタを考え始めた。
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