第12話003「ハヤトと国王」



「今日からこの学校に通うことになった、ハヤト・ヴァンデラスだ」


 三年前のあの『卑屈な面影』は一切なく、むしろ『オレ様』的な雰囲気を醸し出す最愛の弟がそこに立っていた。


「今日から? 君は新入生か?」


 生徒会長ジュリオ・マキャヴェリは、ハヤトの突然の出現にも関わらず冷静に対応している。


「ああ、そうだ」

「私は生徒会長で三年のジュリオ・マキャヴェリというものだ。君のその言葉遣いを見る限り、どうやらあまり常識を知らないようだね」

「常識? ああ、確かに。だって俺は学校に行くのがこれが初めてなもんでな。だから入学式というものもよく知らんし、常識というのもよくわからん」

「そうか、なるほど⋯⋯」


 シーン⋯⋯。


 ハヤトと生徒会長ジュリオ・マキャヴェリのやり取りに会場が静まり返る。


「ハヤト君、ひとつ忠告しておこう。この学院では君みたいな『常識知らず』には容赦しない、ということを肝に銘じておきたまえ」


 そう言って生徒会長はハヤトに釘を刺して去っていこうとしたが、


「何だよ『容赦しない』⋯⋯て、一体何がどうなるんだ?」


 ハヤトが本当に知らない様子で質問し、生徒会長を引き止めた。


(や、やめろぉぉ〜〜!!)


 私も周囲も『それ以上突っかかるなよ!』という気持ちでハラハラしている。


「あのバカ⋯⋯何やってんのよ!」


 私は居てもたってもいられなくなり、ハヤトのところに行って止めようとした⋯⋯その時、


「あれ? ひょっとして⋯⋯険悪ムード?」


 ハヤトの後ろからピョコ! と小さな物体が飛び出てきた⋯⋯⋯⋯と思ったら、


「「「こ、ここここ、国王様だ〜〜〜!!!」」」


 この学院の学院長でありアリストファレス王国国王のジャンノアール・アリストファレスが姿を現した。


「こ、国王様っ?!」


 さすがの生徒会長のジュリオもこれには驚きすぐに膝をつく。同時にここにいる者全員が膝をついた⋯⋯ハヤト以外。


「あーいいよ、いいよ。気にしないで。今日、僕は『学院長』としてここにいるんだから。元に戻っていいよ」


 国王様がそう言ってくれたので全員が元に戻る。


 それと同時にさっきまでの『険悪ムード』が完全にかき消された。


「ところでハヤトさー⋯⋯よくあそこから出てこれたね。『あの人』が許してくれたの?」

「ん? ああ⋯⋯いや、自力で出てきた」

「なっ?! こ、国王⋯⋯様が⋯⋯それにあの男⋯⋯なんで⋯⋯あんな気軽な⋯⋯態度を⋯⋯」

「「「!!!!!!!!!!!」」」


 生徒会長のジュリオ・マキャヴェリが目の前の光景に思わず言葉を失う。もちろん、生徒会長だけでなく私を含めたその場の者全員が、国王様がハヤトに気軽に話しかけるという『現象』と、ハヤトが国王様に気軽に返事を返す『異常さ』に言葉を失った。


「えぇー! 自力で?! やっぱ、相変わらずすごいな〜、ハヤトは」

「あのクソババアには散々遊び倒されたからな。ま、そのおかげで一矢報うことができたんだけどな」

「ハッハッハ、なるほど! ねぇ⋯⋯その話、もう少しくわしく聞かせてよ。続きは学院長室で⋯⋯」

「あ、あの⋯⋯国王様⋯⋯」


 司会進行の女性教師が恐る恐るジャンノアール国王様に言葉をかける。


「もう! 今の僕は学院長!」

「し、しししし、失礼しましたー! あ、あの、学院長⋯⋯」

「何?」

「お、恐れ入ります。今はその〜⋯⋯入学式の最中でございまして⋯⋯」

「え? ああ、そうだった。ごめん、ごめん。じゃあ、ハヤト。入学式の後にね」

「いやダメだろ? その後は自分の教室に行かなきゃダメなんだろ?」

(((ひぃぃぃぃぃぃぃ〜!!)))


 ハヤトがジャンノアール国王様の誘いを秒で断った。その光景に私も含め皆が顔を青ざめる。


「え〜? ダメなの〜?」

「ひっ?!」


 国王様がハヤトの言葉を受け、司会の女性教師に目配せをする。それを受けた女性教師が思わず悲鳴をあげる。無理もない。


「コラ、国王」

「もう! ジャンでいいって言ってるでしょ、ハヤト!」

「いやダメだろ? アシュリーがあんたには『偉い人だからちゃんと国王と言え』て言ってたぞ?」

「いいよー。僕が許すって言ってるんだからー」

「そうなのか?」

「うん」

「わかった。ではジャン⋯⋯あんたがそうやって先生に目配せして無言の圧力なんてかけるなよ。そういうのは『ケンリョクランヨー』ていうだぞ!」

「ハヤトすごいな! そんな言葉まで知ってるんだ!」

「フフン、当然だ」


 ハヤトが国王様のことを『ジャン』と愛称で呼んだり、それを国王様が許したり、得意気になって国王様を諌(いさ)めたり、また、それを国王様が許したり⋯⋯と前代未聞の光景が目の前にいくつも広がっていた。


 二人の会話にまったくついてこれない私を含めたオーディエンス⋯⋯というより、会話がどうこうとかもうそんな次元の問題ではない⋯⋯もはや『異常事態』というものが目の前で起こっていることに皆が呆気にとられているというのが正解だった。


「とにかく、あんたは仕事しろって。俺は俺で初めての学校を楽しみたいんだ」

「⋯⋯わかった。じゃあ仕事してくる〜」


 そう言うと、トボトボと会場を出て行く国王様。


 国王様の年齢は『二十一歳』だが、見た目は十歳くらいの子供なので、会場を出て行くその様はダダをこねて怒られた子供が去って行くソレだった。


「まったく。これだからお子ちゃまは⋯⋯。さて、それじゃあ俺も教室に行くかー」


 そう言って、ハヤトは入学式がさも終わったかのような感じで会場を出ていく。


『え? なに? 終わりなの?』⋯⋯そんな声でザワザワする会場。もちろん、まだ式は終わっていなかったが『続きをしよう』などと思っている者は誰もいなかった。よって、


「え、えーと、それじゃあ⋯⋯これで入学式は⋯⋯終わりとしますー」


 こうして、私たちの入学式は幕を閉じた。


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