第二章 人生のはじまり(GAME START)

第10話001「三年後」



「あれから三年⋯⋯か」


 コトコト揺れる馬車の中で遠くの景色を眺めながら呟く⋯⋯『赤髪の乙女』。


「入学式にも間に合わないなんて⋯⋯」


 少女は顔を沈め、落ち込む素振りをみせた⋯⋯と思いきや、


「お父様のバカぁぁーーーー! 約束が違うじゃない、もうっ!」

「うわっ!」

「ヒヒ、ヒヒーン⋯⋯っ!」


 バッと顔を上げるや否や発狂に近い大声を上げ、運転手と馬を恐怖のどん底に突き落とした。


「ハヤトはいつになったら帰ってくるのよーーーっ!」


 学園へと向かう馬車の中で一人『鬼の形相』で叫ぶ⋯⋯『紅蓮の乙女ブレイザーズ・メイデン』。


「誰が『紅蓮の乙女ブレイザーズ・メイデン』よっ!」


 十五歳となったティアラ・ヴァンデラスであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「えっ? ハヤトが帰って⋯⋯こない?」

「こりゃまた、どうも困ったね」


 昨日の朝——ハヤトから届いた手紙に私はウキウキと舞い上がりながらお父様と一緒にその手紙の内容を見た。



——————————————————


久しぶり、ティアラ。


三ヶ月ぶりの手紙ですまん。


お師匠様との修行はやっと終わったんだが色々あってまだ家に戻ることができない。


もしかしたら入学式には間に合わないかもしれない。


俺がこの家の養子となった後、すぐにアシュリー⋯⋯お師匠様のところに行くことになったからティアラとはあれ以来一度も会っていない⋯⋯正直すごく会いたい。


だから、クソババア⋯⋯お師匠様のところから早いとこ脱出⋯⋯逃げて⋯⋯用事を済ませて、一刻も早くティアラに会いに行く。


入学式間に合わなかったらすまない。



ハヤトより


——————————————————



「う〜ん、ハヤト⋯⋯かなり苦労してるみたいだ⋯⋯」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!!」

「ご、ごめんなさいぃぃ〜〜〜っ!」


 のほほんと手紙の感想を言う父に激怒する私。


 だって、おかしいじゃない!


 修行は終わったんでしょ? なんですぐに帰ってこれないのよ!


 それに何なの、このお師匠様って? ハヤトの文面のところどころに、ほんのり『憎しみ』のようなものを感じるのだけれど⋯⋯。


「お父様。ハヤトって今どういう状況なんですか?」

「え? あ、いや〜⋯⋯どうでしょう〜」

「!! お父様? 何か⋯⋯知ってらっしゃるのですね?」

「ギクッ!」

「『ギクッ』? なるほど。何か心当たりがおありになると⋯⋯」

「え、あ、あの、その⋯⋯」

「お・と・う・さ・ま?」

「は、はい〜!」


 父は私の心からの疑問に、快く迅速に応えてくれた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「つ、つまり⋯⋯ハヤトを気に入ったお師匠様が修行を終えたハヤトをあの手この手でこの家に戻さないようにしている、と?」

「は、はい。そのとおりです、ティアラ様」

「何よ、それぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っ!!」

「ひぃぃぃぃぃ〜〜〜!」


 私は絶叫するお父様を尻目に頭を整理する。


 な、何? どゆこと? 意味がわからないのだけれど?


 お師匠様がハヤトを気に入った?


 どういう意味で?


 私は居ても立ってもいられず、その場からお師匠様のいる場所へ行こうとした。だが、


「無理だよ、ティアラ。ハヤトがいる場所はお師匠様が『結界』を張っている場所だから。そこは私の力でさえ破ることのできない場所だ」

「そ、そんな⋯⋯」


 お父様の言葉に絶句する私。


 お父様の話だと、お師匠様は命を狙われている立場である為、王宮魔術士のお父様でも破ることのできない強力な結界を張っているらしく、ハヤトはそこで修行をしているとのことだった。


「そ、それじゃあ、これからどうなるの? ハヤトは⋯⋯」

「お師匠様を何とか言いくるめて結界から出してもらうしかない⋯⋯だろうね」

「な、何よ、それ⋯⋯」

「これが、私のお師匠様なんだよ」

「性格に難あり過ぎでしょーーーーっ!!」


 三年前——魔王クラリスとお父様がお師匠様『アシュリー・ブロッサム』について語る時、苦い顔をしていたことが今ならよくわかる。


「魔王よりタチ悪いわっ!」


 その日、私は愚痴⋯⋯思いの丈をお父様にぶつけた。


 そして今日——お父様は珍しく体調不良で仕事を休んだ。


 それもこれも全部、あの『腐れお師匠様』のせいである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はぁぁっ!!」


 ガシャーン!


「じゃあな、クソババア」

「ま、待っておくれ〜⋯⋯ハヤト〜⋯⋯」


 俺は『結界』を打ち破り外に出た。


 すると、か細い声で俺を止めようと追いかけてくるクソババア⋯⋯アシュリー・ブロッサム。


 ここだけを見れば、俺がイジメているようにしか見えない光景だろう。しかし、


「ハヤトぉぉ〜⋯⋯⋯⋯スキありぃぃぃ!」


 弱々しい態度から一転——アシュリーは目にも止まらぬ早さでハーフエルフ固有の超強力魔術『捕縛キャプチャベリ』を発動させる。アシュリーの手から無数の『光の手』が俺を捕らえようと襲いかかってくる。だが、


「そう来ることはわかってたんだよ。『相殺オフセット』っ!」

「何、じゃとっ!」


 襲いかかってきた無数の『光の手』が俺の『相殺オフセット』で消滅する。


 何度も結界を破って逃げようとした俺は、いつもこのアシュリーの『捕縛キャプチャベリ』に為す術がなかった。


 しかし、前に一度だけアシュリーが見せたハーフエルフの固有魔術の中でも『秘術』とされる魔術⋯⋯ほとんどの魔術を無効化する『相殺オフセット』という固有魔術を、俺はアシュリーに気づかれぬよう、自力で身に付けていた。


「い、いつの間に⋯⋯『相殺オフセット』まで⋯⋯」

「あばよ、アシュリー!」


 俺はクソババア⋯⋯アシュリー・ブロッサムの『結界』を自力で破り入学式会場へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ハヤトがあっという間にその場から消え去った後、そこにはアシュリー・ブロッサムだけがポツンと一人立っている。


「⋯⋯ほう? さすが妾の『見込んだ男』だけはあるな、ハヤトよ」


 不敵な笑いを浮かべるアシュリー・ブロッサムであった。


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