第9話009「新しい家族」



「え? え? な、何? どういうこと? ハヤトじゃ⋯⋯ないの?」


 口調の変わった俺に慌てふためくティアラ。


「俺は、今、ハヤトの中に魔王クラウスの魂として、存在⋯⋯」

「ハヤトから離れなさいよーーーーっ!!!」

「うごっ?!」


 そう言って、ティアラは近くにあった枕を手に取り、力一杯殴った。


「わーーーー! ティアラちゃーんっ!!」


 それを見たオリヴァーが顔を青ざめながらティアラを慌てて押さえつける。


「だ、だって! だって⋯⋯ハヤトが⋯⋯」

「だ、大丈夫! 大丈夫だからティアラ⋯⋯」

「お、おおおお⋯⋯な、中々元気な人間の子だな」

「も、申し訳ございません。魔王クラウス」


 オリヴァーが青ざめた顔で魔王に何度も頭を下げる。


「あ〜、よい、よい。突然のことで、気が動転、するのも、止むを、得ない、だろう。心配、するな、お嬢ちゃん。別に、ハヤトを、乗っ取ったり、するわけでは、ない」

「グスン⋯⋯本当に?」

「ああ、約束する」

「⋯⋯わかった」

「うむ、すまな、かった、な」


 しばらくしてティアラが落ち着いた頃合いでクラウスが話を始める。


「さて、こうして、俺が出て、きたのは、確認の、ためなん、だが⋯⋯わかるか、オリヴァー?」

「は、はい。何となくは⋯⋯⋯⋯おそらく、ハヤト君との『融合』について⋯⋯ですよね?」

「うむ、そうだ。現在、ハヤトと俺は、意思疎通くらいは、できるように、なって、いるのだが、この俺の、喋り方でも、わかるように、『融合』が、不完全な、まま、なのだ」


 そう⋯⋯クラウスは以前からそうだが、言葉がブツリブツリと途切れたりするような喋り方だった。


「はい。なので、私の力でこの意思疎通の障害だけは取り除くことができると思うので、それを先にさせていただきます」

「そう、か。それは、たす、かる」

「では⋯⋯」


 そう言うと、オリヴァーは俺の頭に両手を当て魔力を流し込む。すると、その両手からも光が溢れ、周囲を明るく照らしていく。


「きれい⋯⋯」


 その光にティアラは感動した表情を浮かべるが、一方でオリヴァーさんは少し苦悶の表情を浮かべている。


「っ⋯⋯!?」


 最後に強い光が放たれると次第に光は収束していき、オリヴァーさんは手を離した。


「ハア、ハア、ハア⋯⋯ど、どうでしょうか?」

「うむ。どうやら成功したようだな」


 クラウスの言葉が流暢になった。どうやら成功したようである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、それでは今後のことだが⋯⋯」

「ちょーーーっと、待ったぁぁーー!!」


 ティアラがそう言ってクラウスの会話を遮る。


「お、おい、ティアラ?」


 オリヴァーさんがオロオロした様子でティアラを抑えようとするが、ティアラはそれを遮りクラウスに食ってかかる。


「クラウスさん!」

「お、おう⋯⋯?」

「わたくし、まだわかってないことが山ほどあるのですがっ!」

「そ、そうか」

「はい! まず、そもそもなんで三百年前の魔族の王のクラウスさんがハヤトの中にいるんですか?」

「ふむ。それはだな、あの平和協定の調印式の日に人間どもに殺される寸前、妻のメアリが俺を『転生』させたんだ」

「転生?」

「具体的には魔王クラウスの魂を『未来の誰か』に移動させた、ということだ」


 オリヴァーさんがわかりやすく解説をする。


「そ、それじゃあ、その移動先がハヤトだった⋯⋯てこと?」

「うむ、そうだ。そして俺はいずれハヤトと一つになり、ハヤトに俺の力が引き継がれる⋯⋯はずだった」

「はずだった?」

「ああ。実際、今、こうして俺が声だけとはいえ姿を現していること自体が異常事態ということだ。本来であれば転生した時点でハヤトとひとつになり、俺の自意識は完全に消えるはずだったのだが⋯⋯しかし、そうはならなかった」

「理由はわからないのですか?」


 オリヴァーがクラウスに尋ねる。


「うむ。これは妻だけが使える特殊魔術(ユニーク・マギ)でな。故に俺も詳しくは知らん」

「そうですか。そうなるとやはり⋯⋯お師匠様と一度会う必要がありますね」

「確か、お前の師匠はハーフエルフと言ってたな。もしかして、いや恐らく間違いないと思うが『アシュリー・ブロッサム』か?」

「はい」

「⋯⋯なるほど。道理で先ほど貴様の魔力を受けた時『懐かしい感じ』がしたのか」

「そうでしたか」

「な、何? どういうこと?」


 ティアラが尋ねる。


「私のお師匠様⋯⋯アシュリー・ブロッサムは魔王クラウスの妻の師匠でもあったんだ」

「ええっ!?」


 三百年前にも弟子がいたなんて⋯⋯オリヴァーさんの師匠ってマジ何歳だよ。


 と、おそらくティアラも同じことを思っているだろうな。


「フン! まあ、俺はアシュリーのことは大嫌いだがな!」


 クラウスが心底嫌そうな顔で呟く。


「クス⋯⋯何となく、それ、わかります」


 オリヴァーさんが苦笑いを浮かべる。


「おっと! そろそろ、ハヤトの体を使うのは限界のようだ」

「やはり、ちゃんと『融合』できていないからですか?」

「ああ。今はハヤトの魔力だけで意思疎通やこうした体を使うことをしているのでな」

「えっ!? ハヤト君の魔力でそんなことができているんですか? それって⋯⋯」

「そうだ。ハヤト自身が持っている魔力が相当、質も量も高いということだろう。まあ、俺には到底及ばないがな、ハッハッハ!」

「⋯⋯うっさい!」


 ボン!


「ティアラーーー!!」


 ティアラがさっきと同じようにクラウスに思いっきり枕をぶつけた。


「フ、フフ⋯⋯げ、元気な子だ。では、さらばだ」


 カクン。


「⋯⋯ふう」


 一度、体がガクッと落ちた後、俺は意識を取り戻した。


「ハヤト君かい?」

「は、はい」

「ハヤトーーー!」


 ティアラが飛びついてくる。


「大丈夫、ハヤト?」

「あ、ああ。ちょっと体が重い⋯⋯けど」

「それは魔王クラウスが今まで君の魔力をだいぶ使っていたからだね。少し休むといい」

「はい」


 俺は一度起き上がった体をまたベッドに戻す。


「さて、ハヤト君。とりあえず今日はこのくらいにして今後の君の話をするね。君はこれから私の『養子』として引き取ることになる」

「養子?」

「え? それってパパ⋯⋯」


 ティアラが目を輝かせながら頬を緩める。


「ハヤト君。君は今日から私の家族⋯⋯このヴァンデラス家の子として一緒に暮らすんだ」

「やったーーー! パパ、大好きぃーー!!」


 ティアラが今度はオリヴァーさんに飛びついた。


「で、でも、俺は⋯⋯両親の⋯⋯」

「大丈夫。君の両親にはすでに話をつけてある」

「え?」


 聞くと、俺が寝ていた間に両親のところに行き、これまで俺を『奴隷』のように育ててきた行為はこの国では犯罪にあたるらしく、それを見逃すかわりに俺との縁を切る話をしたそうだ。


「まあ、本当はそれだけでも充分だったけど、今後何も言わせない為に君がいなくなった分の迷惑料みたいなものも渡したからね。だから、もう君が心配することは何もないよ」

「ほ、本当に⋯⋯本当に俺、あの二人から⋯⋯」

「ああ、君の人生はこれから始まるんだ」

「!!」


 オリヴァーさんの言葉を聞いた途端、自然に涙が溢れてきた。


「お、俺⋯⋯俺⋯⋯」

「よかったね、ハヤト!」


 そう言って、ティアラが俺の手をそっと握りしめる。


「ようこそ、ヴァンデラス家へ!」


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