第4話004「覚醒」



 ティアラと別れたその後――俺は一人トボトボと家路を辿っていた。


『ティアラともう会えない』……そんなことを思うと涙がまた出てきそうになる。


 悲しくて堪らなかった。


 何度も『これはどうしようもないことだ』と納得しようとした。納得しようとしたが……そう簡単に納得することはできなかった。


「ティアラとの出会いが……たった三日間だけなのに……こんなにも……」


 ティアラとは三日間しか話してないのに俺が思っている以上に大きな存在だったんだと……もう二度と会えないとわかって初めて気づいた。


「そうか……俺はティアラのことが……」


 そんな初めての気持ちに気づいた俺はいつの間にか家の前まで来ていた。


「ん? 誰か外に……」


 辺りは薄暗くなっていてすぐにはわからなかったが、よく見ると家の玄関の前に誰かが立っているのがわかった。


「!? と、父さん」

「遅かったじゃねーか。なあ⋯⋯化け物?」

「え?⋯⋯化け物?」


 父親はそう言うとゆっくりと俺に向かって歩いてきた。よく見ると、父親の両手には『大きな斧』が握られている。


「!? ま、まさか……」


 俺が茫然として立ち尽くしていると父親は両手に持ったその大きな斧を上に持ち上げながら近づいてくる。


 父親の殺気を強く感じる。脅しじゃない⋯⋯殺す気だ。


(逃げろ!)


——その時、頭の中で言葉が響く。


「ハッ!」


 俺はその言葉のおかげで我に返る。すると目の前には、すでに父親が振り上げた斧を構え見下ろしていた。


「死ねぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」


 父親が力一杯に斧を振り下ろす。


 俺は咄嗟に後ろに飛び、何とかその斧を躱(かわ)すと、


「う、うわあぁぁぁぁぁ!!!!」

「待て、この野郎〜〜〜!!!」


 そのまま無我夢中で森の中へと走っていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はあ、はあ、はあ、はあ……!?」


 俺は後ろを振り返ることなく走った。


 森の奥へと止まることなくひたすら走り続けた。


 最初は父親の気配を後ろに感じていたので夢中で走っていたが、しばらくするとその気配が消えた。


「はあ、はあ……に、逃げ切った……か……はあ、はあ」


 すっかり辺りは真っ暗になっていた。


 当然、森はもっと闇を増しており普通であれば周囲が見えなくて歩けなくなるものだ。だが俺はこの森をこれまでの数年間ずっと通っていたので森を熟知していたのでちゃんと位置を把握しながら動いていた。


「ふう~……森に通っていたことがここで活かされるとはな」


 俺は父親から逃げ切ったことでふと緊張を解いた……が、それは俺の勘違いだった。


「!?」


――刹那、後ろに嫌な気配が一気に膨れ上がった。


 俺は咄嗟に右に飛んだ。しかし、


 ザクゥゥゥーーー!!


「あがっ?!」


 俺は左腕に当たった『何か』の勢いも重なり、思いっきり飛び出した方向にあった大木へ体をぶつけた。


「ほう? 少しは森で動けるのか?」

「あ、あああああ……」


 目の前には振り切ったと思っていた父親がニヤァと笑いながら立っている。


「ど、どうして?」

「どうしてだぁ~? 俺は元々この森で木を切っていた木こり職人だぞ? この森で数十年間も木を切ってた俺にとっては庭みたいなもんなんだよ」

「そ、そんな……」

「なんだ? もう『鬼ごっこ』はおしまいか?」

「う、ううううわあぁぁぁあぁああぁぁ~~~!!!」


 俺は頭が混乱して、ただ父親から少しでも離れようと必死で走った。


「おらおらぁ~! 今度は外さねーぞ? 逃げろ、逃げろ、ひゃはははは!」


 俺は一生懸命逃げているつもりだったが、何故だか父親との距離は一向に縮まらなかった。


「あ……」


 気づくと、俺は崖の手前まで来ていた。


「よ~し、これでもう逃げられないな、ハヤト?」


 父親はニヤニヤしながら俺を眺めている。


 おそらく、この場所に来たのは父親が『誘導』していたのだろう。


 俺は知らず知らずの内にこの場所へと追い込まれていたんだ。


「言い残すことはあるか、化け物?」

「……」


 後ろは崖。落ちれば絶対に助からない高さ。


 俺はもう完全に諦めていた。


「昨日はずいぶんと調子に乗って俺の右手を砕きやがったな、ああ?」

「え……? な、何の事?」

「とぼけんじゃねーぞ! これは昨日お前が俺にやったことだろうがっ!!」


 そう言って父親は包帯巻きの右手を見せた。


 この期に及んで父親がウソをつくなんて道理はない……ということは本当にこれは俺が昨日やった……のか? どうやって?


「ふん、まあいい。お前みたいな化け物はやっぱり早めに殺しとくべきだったよ……」


 そう言うと父親はゆっくりと大斧を持ち上げる。


「ったく! ガキのくせに女と毎日イチャイチャしやがって。まあ、これでもう二度とそいつとは会えなくなるけどな。へっ、ざまあみろ!」

「!? ティ、ティアラ……っ!」


 その瞬間――俺の中で『何か』が問いかけてきた。


「お前、どうしたいんだ?」

「どうしたい……て?」

「死にたいのか? 生きたいのか?」

「い、生きたい! 生きてもう一度彼女に……ティアラに会いたい!」

「そうか。なら、俺の力を貸してやる。だから……生きろっ!」

「!!」


 ガクン!


 ガクガクガクガクガクガクガクガクガク……!!!!!!


 直後――俺の体が激しく揺れ出す。


 そして、体の内側では『得体のしれない大きな力』がグルグルと体中を駆け巡り、今にも外へと溢れ出てしまいそうだった。


「!? こ、これって、まさか、昨日の……」

「お前、俺の、邪魔、するのか?」

「う、うううるさい! 死ねぇぇぇ~~~!!!」


 父親は力いっぱい斧をハヤトへと打ち下ろした。しかし、


 ピタッ。


「んなっ?!」


 斧はハヤトの右手の人差し指と中指だけで挟まれて完全に止まっていた。


「そ、そんなバカな……ぬ、抜けん……っ?!」


 父親は必死で斧を抜こうとするがピクリとも動かない。


「こ、この野郎~~~~~~~~っ!!!!」


 父親は抜けない斧から手を放し、太い腕をブンブン振り回し拳を入れてきた。


 右手は昨日ケガをしているはずだが、そんなことは関係ないとでも言うかのように右拳も一緒に殴りかかってくる。しかし、


「……そ、そんな」


 父親の拳は俺には届いておらず、寸前で体を纏う『黒いオーラ』により完全に防がれていた。


「無駄。そんなの、無駄」


 俺の中でグルグル蠢いている大きな力の中心にいる『何か』が、俺の口を使って言葉を出し続ける。俺は必死にそいつの暴走を止めようとするが自分の今いる場所から動けない。


『お前は、いいから。ここは、俺に、まかせろ』


 そいつがあがく俺を冷静な口調で止める。


 不思議なことにそいつの言葉は俺の中にスッと入り『そっか。じゃあ、お前にまかせるよ』と俺はすぐに抵抗を止め、そして眠りについた。


『今は、ゆっくり、寝てると、いい』


 そいつがそう呟くと同時に俺は抗うのを止め、そのまま事の成り行きを見ていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はあ、はあ、こ、この……化け物が……はあ、はあ……」


 父親は殴り疲れてその場に座り込んでいた。


「お前、邪魔する。だから、殺す」


 俺の体を使うそいつは無機質な声で父親に呟く。


「や、やれよ、化け物!……はあ、はあ」


 父親は観念したのか大人しくなっている。


 ああ、殺すのか。


 そいつが俺の体を使って。


 まあ、でもいいや。


 ティアラに二度と会えなくなるくらいなら。


 こいつを殺して自由を手に入れよう。


 俺はそう考え、そいつが父親を殺すことを止めることはしなかった。


 スッ。


 俺は父親の正面に立ち、手刀の構えをそのまま天に突き上げる。


「(ニッ!)」


 父親は目の前の完全無防備状態の俺に、懐から『何か』を取り出しそれを拳に握って俺の体へと打ち込んだ。すると、


 ドガァァァァァァーーーン!!!


 父親の打ち込んだ拳の中から光が放たれ、直後大きな爆発が起きる。


 そして俺はその爆発の勢いで後方へと飛ばされた。


「どうだ、効いただろ!? これはな~、裏ルートで手に入れた魔術を仕込んだ玉でよ? その威力は俺には効果がなく相手にだけ有効となる。だから、俺みたいにその玉を拳で握って殴れば……この通り、威力を発揮するってわけさ。ひゃははは……!」


 父親が得意気に話を続ける。


「どうだ? 痛いだろ? これはな、魔物相手に絶大な効果を発揮するっていう魔術が仕込まれてるんだ。お前みたいな化け物相手ならもはや致命傷じゃねーか? おーい、聞いてるか? あれ? もしかして致命傷どころか……死んだか? ひゃははは!」

「いや、特に、問題は、ない」

「……え?」


 気が付くと、俺は一瞬で父親の後ろに立っていた。


 俺自身の動きではあったが、あまりの速さに俺は移動した自分を認識することにだいぶ遅れた。


「もう、いいか?」

「え? え? な、なんで? なんでぇぇ~~~!!???」

「もう、いい。もう、お前を、相手するの、飽きた、死ね」

「え? ちょ、ちょっと待て! お、おい! ハヤト! やめろ! やめてくれぇぇぇぇぇ~~~!!!」


 俺が突き上げた手刀を父親へと振り下ろそうとした、その時――


「はぁっ!!」


 ドン!


「ぬ、ぐ……っ?!」


 突然、横からエネルギー波のようなモノが俺の体に直撃した。しかもさっきの父親の大したことのない攻撃とはまるで違い、俺は体にダメージのようなものを感じ、後ずさりをする。


「何、者?」


 俺は父親の時とは違い、エネルギー波が飛んできた方向に最大級の警戒を向けた。


「ハヤトぉぉぉ~~~~!!!!」

「!? ティ、ティアラ?」


 そこにいたのはティアラと、白生地に青と金で装飾された法衣を身に着け、発光する青い玉が付いた杖を握る青髪の大人が立っていた。

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