第3話003「別離」
次の日――俺はティアラとの約束通り、俺とティアラが出会った場所で落ち合った。
「ねえ、ハヤト。森に行ってみない?」
「森? なんで?」
「大人に見つかったら家に戻されるから村の中は嫌なの……」
「そっか……わかった。じゃあ、森に行こう。俺、森には詳しいからさ」
「そうなの?」
「おう! 森のことはまかしけっ!」
そうして俺たちは森の中へと入って行った。
――『恵みの森』
この森はそう呼ばれていた。
おそらく木の実とか果実が豊富な森だからだろう。
実際、俺はこの『森の恵み』でここまで生きることができたのでそういう意味ではこの森の名前はとてもしっくりくる。
「へー『恵みの森』か~」
「俺はいつもこの森で木の実とか果実を取って食べてたから今日まで生きてこれたんだ。だから本当『恵みの森』様様だよ」
「え? この森で暮らしてるってこと?」
「あ~違う違う。家では食べ物を与えてもらえないことが多いからさ……だから、自分でこの森から木の実とかをこっそり調達してんだよ。おかげでこの森で食べられるものと食べられないものの区別は完璧にできるぜ! すごいだろっ!」
「う、うん……」
ティアラは少し暗い表情を見せる。
「あ、き、気にすんなよな! 別にこんなの慣れっこなんだからよ! だからティアラがそんな顔すんなよ」
「ご、ごめん」
一瞬、二人に無言の『間』ができる。
「よ、よし! じゃあ、今から俺がとっておきの場所に案内してやるよ! ついてこい!」
「わ、わかった!」
ティアラが気を遣ったのか俺のテンションに合わせてくれたので助かった。
こうして俺たちは夕方近くまで森の中で遊びまくった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕方、ティアラを送った後、買い物をして家に戻る。すると、すぐに父親に呼ばれた。
「おめえ、今まで何してた?」
「え? な、何って……別に……何も……」
「ウソつくんじゃねーぞ! お前、誰と一緒だった?」
「!? べ、別に……誰……とも……」
「ウソおっしゃいっ!」
「か、母さん!?」
すると、母親が父親に『良い顔』を見せようと横やりを入れてきた。
「あんた、昨日から『女の香水』の香りがするんだよ!」
「!?」
「女……か。へっ! まだ成人にもなっていないガキのくせに女遊びとは大した奴だなぁ~!」
「そ、そんな!? お、俺は女となんて……会って……」
「うるせえ!! それが本当かどうかなんてどうでもいいんだよ。大事なのは……『俺がどうしたいか』だけだ」
「!? ま、まさか……」
「ハヤト。お前はこれから俺が良いと言うまで……家から一歩も出るな」
「なっ!? そ、そんな……」
「ああぁ?! お前に意見なんて無いんだよっ! これは命令だ!!」
「フン。子供のくせに色ボケなことするからだよ……反省しな!」
「そ、そんな……」
俺は目の前が真っ暗になった。
初めてできた友達……ティアラ。
そのティアラと明日もまた森で遊ぶ約束をした。
だけど、明日からはもうティアラと会うことはできない。
もう……二度と……ティアラに……会えない……。
プツン。
ティアラと二度と会えないと思った瞬間――俺の中で『何か』が弾けた。
「おい……何、黙ってんだ、ハヤト? 明日からは一歩も外に出るな、いいなぁ~~っ!!」
父親はそう言って、いつものように俺の顔を殴ろうとした……が、
バシッ!
「……え?」
俺は父親の太い拳を『片手』で受け止めていた。
「ひぃっ?! か、顔……この子の顔……ち、血の……涙……」
横で母親が俺の顔を見て怯えながら『意味の分からないこと』を述べていた。
まあ、そんなこと俺にはどうでもよかった。
『ティアラと二度と会えなくなるなんて嫌だ』
今の俺にはそれしかなかった。
そして、それを邪魔する奴は全て……壊す。
「邪魔、しないで」
メキメキメキ……バキャ!
「うぐあああぁぁあぁぁ~~!! て、手が……お、おおお、俺の手がぁぁ~!!」
俺は父親の右手を掴んだままそれを⋯⋯砕いた。
父親はグシャグシャになった右手を抑えながら痛みのあまり床に倒れこみ、そして悶絶した。
「あんたも、俺の邪魔、するの?」
「ひぃ?! い、いえ……邪魔しませんっ!!」
「そ? じゃあ、俺、寝るね」
そう言って俺は自分のベッドに行ってそのまま寝た。
次の日――俺はこの時のことはまったく覚えていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何だか変なんだ……」
「変?」
俺は今、昨日と同じくティアラと一緒に森の中にいた。
正確に言うと、大きな木にできた窪みの中にティアラと二人でいた。
「ああ。昨日、家に戻ってからの記憶が……ないんだ」
「え? 記憶が……ない?」
「ああ。あと、今日起きてからなんだけどいつもなら二人から『早く朝飯の支度をしろ!』て怒鳴られるのが日課なんだけど……」
「……」
ティアラは何も言わずただ俺の話を聞いていた。
「今日は怒鳴られるどころか、俺がいくら話しても何も答えないんだ。まあ、嫌がらせで無視しているってことなら別に痛い思いをしないで済むからどうってことないんだけど……」
「……ハヤト」
ティアラが泣きそうな顔をしたので、俺は急いで話を進める。
「そ、それと一番ビックリしたのは父親が右手を包帯でグルグル巻きにしていたんだ」
「包帯?」
「ああ。どうやらケガしているみたいで母親と一緒にお医者さんに診せに行くみたいだった……まあ、聞いても無視して答えてくれなかったからはっきりとはわからないけど」
「そうなんだ」
「まあ、何だかわからないけど、少なくとも今日は丸一日自由に遊べるからいいんだけどね!」
俺はティアラに目一杯の笑顔で言葉をかける。
「いい笑顔だね、ハヤト。ハヤトの笑顔を見るとあたしも嬉しい!」
「あ、あああ、ありが……とう」
「クスッ」
ティアラの言葉に俺は何だかくすぐったい気分になった。
何なんだ、昨日からのこの感じは?
「ハヤトはさ……」
「何?」
「今の両親から離れたくないの?」
「え? 離れる? そんなの無理だよ」
「どうして?」
「どうしても何も……俺は一生、あの父親と母親の面倒を見るためだけに生かされているんだから」
「!? ハ、ハヤト……」
「俺の父親は村の人が誰も関わりたがらないくらい恐れられている人だから……それにあいつは俺が逃げ出しても必ず捕まえにくる。だから、もし万が一逃げたりして捕まったら今よりも酷い生活になるのは間違いない。だから俺はあの二人からは……逃げられない」
「そんな……」
ティアラが暗い顔をする。
「大丈夫。俺はティアラと出会えただけで充分だから。ティアラがこの村を離れても……お、俺は大丈夫だから!」
「ハヤト……」
ティアラは俺が強がりを言っていることくらい理解しているだろう。だけど、俺だってバカじゃない。ティアラがそれ以上何も言えないのは当たり前だ。
「さ、この話はおしまい、おしまい。じゃあ、今日は果実がいっぱい生っている場所を案内するよ。ついてきて」
「う、うん」
俺はこの嫌な雰囲気を払拭するべく、ティアラの手を引っ張ってとっておきの場所を案内した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあ、また明日」
「あ、あのね……ハヤト……」
「ん? 何?」
「じ、実は、あたし……明日にはもう……家に帰らないといけないの」
「!? そ、そうなんだ」
「……うん」
二人の間に沈黙が流れる。
何だよ、今さら……俺!
ちゃんとわかっていたはずじゃないか。
ティアラはいずれ……この村を離れることくらい。
だったら、ちゃんと言わなきゃ。
ティアラに……別れを……。
「ハヤト……泣いてるの?」
「え?」
俺は知らない内に涙を……流していた。
「あ、あれ? な、なんで……だろ? あれ?」
「……ハヤト」
「あ、あれ……な、なんでだ?」
涙は止めようとすればするほど、どんどん流れてくる。
「ごめんね、ハヤト」
「え?」
ティアラがハヤトの背中に手を回しそっと抱き締めた。
「ティア……ラ……?」
「あたし、ハヤトと出会えてよかった」
「お、俺も……俺も……ティアラと出会えて……よか……た……」
ハヤトは涙を止められないでいた。そしてそれはティアラも同様だった。
「あたしみたいな……子供にはどうしようもないけど、でも、でも……どうか、どうか諦めないで欲しい……人生を」
「ティアラ」
ティアラは回した腕をさらにギュッと力を入れる。
「十五歳の成人になればきっと……きっと今とは違う選択肢が増えるわ。だから……諦めないで、ハヤト」
「わかった……わかったよ、ティアラ」
ハヤトはそう言うと、後ろに回っていたティアラの両手を掴み、そのまま握り締める。
「友達になってくれて……ありがとう」
「うん。こちらこそ!」
こうして俺とティアラは別れを告げた。
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