第2話002「ティアラ・ヴァンデラス」
「ねえ……ねえ、ちょっと……ちょっと待ちなさいよ、あんたっ!」
「……お、俺?」
次の日――いつものように両親の酒とつまみを買いに市場に行った後、その帰り道で俺は見ず知らずの『赤い髪の少女』に呼び止められた。
「あんた、あたしがさっきからオロオロして困っていたの見てたでしょ?!」
「は、はあ……」
「じゃあ、何で声かけないのよっ!」
たしかに、この子がオロオロして困っていることに気づいてはいたが、しかし、村では大人、子供に関わらず煙たがられていた俺はどうせ助けてもロクなことがないと思い、気づかないフリをしてやり過ごすつもりだった。
「す、すみません……」
こういう場合、さっさと謝ったほうがいい。俺はすぐに謝ってそこから立ち去ろうとした。
「待・ち・な……さいよっ!」
「ぐえっ!?」
すると、少女は俺の首をグイッと締め上げた。
「あんたね~、何、逃げようとしてんのよ?」
「い、いや、べ、別に、逃げようだ、なん……て……」
「ウソおっしゃい。あんた適当に謝ってやり過ごそうとしたでしょ?」
「!? い、いや、そんなこと……は……」
「ああっ!? 図星ね! サイテー!!」
な、何なんだ、こいつは。
俺はだんだん腹が立ってきた。
「な、なんだよ!? 別にいいだろ! それに俺なんてどうせ嫌いだろ?」
「え?……ど、どうしてそんなこと言うのよ?」
「どうして、て…………この村の常識じゃねーか」
「じょ、常識って……そ、そんなのって……」
少女の腕の力が緩くなったのに気づいた俺は咄嗟に少女から離れる。
「……お前、この村の子供じゃないのか?」
「う、うん……」
「そうだったんか」
俺は絞められていた首元をさすりながら、村の外から来たという少女に、
「すまなかった。俺はてっきりお前が村の子だと……だから声を掛けてもいろいろ面倒なことになると思ったから……その……すまん」
自分の勝手な思い込みで少女に嫌な思いをさせたことを俺は謝った。
「う、ううん、そんな……気にしないで。私のほうこそゴメンね」
「え? あ、うん……」
てっきり、文句の一つでも飛んでくると思っていたが、逆に謝ってくるなんて思ってもみなかったので俺は少し戸惑った。
「べ、別に……お前が謝る必要なんてないから。そ、それよりも、道に迷ってるんだろ?」
「う、うん」
「どこに行きたいんだ? 案内するよ」
「ほ、本当に?」
「ああ」
「ありがとう!」
「……っ!?」
この子が俺の目を見て満面の笑みで「ありがとう」と言ったそれは今まで経験したことのない、何とも言えない想いが込み上げて俺の心臓をドキドキさせた。何だかよくわからないが俺は自分の気持ちをその子に知られるのが恥ずかしくなり、つい、
「お、おう。べ、別にそれくらい、大したことねーよっ!」
なぜかデカい態度を取るという選択をした。
な、何やってんだ、俺!
「クス……私はティアラ。ティアラ・ヴァンデラス!」
「お、俺はハヤト。ハヤト・ゲデリック!」
「よろしくね、ハヤト」
「お、おう……」
こうして俺はティアラという少女に出会った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃ、じゃあ、ここで……」
「えっ?! もう村長さんの家はあそこなんでしょ? ハヤトも一緒に来てよ。中でお茶でもどう?」
「い、いや、遠慮しとくよ。だって、ほら……俺は……村ではあまり……」
「そ、そっか……わかった。ありがとね、ハヤト」
「じゃ、じゃーな」
俺は彼女……ティアラ・ヴァンデラスが村長の家に戻ろうとして道に迷ったということを聞いて村長の家の近くまで送ってあげた。
ティアラは俺に中に入るよう言ってくれたが、村人から嫌われているというのは村長も例外ではなかった為、俺はティアラの申し出を断る。
「はあ……できれば、もう少し話が……したかっ……」
「ハヤトーーーっ!!」
「う、うわっ!? ティ、ティアラっ??」
振り返るとティアラが勢いよくタックルしてきた。その勢いで俺はティアラに押し倒されるような形になる。
「私たち今日から友達だよ!」
ティアラが俺にまたがりながら満面の笑みで言葉を投げかける。
「と、友達?」
「そっ! 友達! だから明日も今日ハヤトと出会ったあの場所で待ってるね」
「え……?」
「じゃあねーー、また明日ーーっ!」
「ちょ、ちょっと、ティアラ……っ!?」
ティアラは俺の言葉など聞く耳持たずといった様子でサッサと家の中へと入っていってしまった。
こうして俺はティアラという初めての『友達』ができた。
そして同時にこのティアラとの出会いが後に、俺の『運命』を大きく動かすこととなる。
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