第3話 魔王がいても九割の人は魔王退治に行かない

 二人は、図書館の司書のお姉さんに賢者の裏釈迦の居る所を教えてもらった。

 裏釈迦は、古本屋で仏典を売っていた。

 裏釈迦の古本屋は図書館と取引があるらしい。

「どうしても、仏典に何が書いてあるのか気になってしまってな」

 と裏釈迦はいう。

 ずっと裏釈迦を探していた空裏は質問した。

「魔王城の外はどうなっているのですか」

 これは生まれた時からの空裏の疑問だった。

 苦しみしかない魔王城。

 その外はどうなっているのか。

 ずっと考えていたけど、わからなかった。

「魔王城の外は存在しない。存在するのは、この苦しみの魔王城だけだ。苦しみの魔王城を倒すことのできる外部は存在しない。世界には、苦しみの魔王城しか存在しない」

 裏釈迦はいった。

「魔王城の外から魔王退治は来ないのですか。魔王城の外には、魔王退治に来る兵士たちの家が並んでいると思ってました」

 空裏がいうと、裏釈迦は笑った。

「魔王城の外は存在しない。魔王城には、外から魔王退治にやって来るものはない」

 賢者の裏釈迦はいった。

 空裏と夢裏は真剣に聞いた。

「楽しい人生について書かれた書物や絵画や手紙や噂話はすべて架空の作りものだ」

 賢者裏釈迦はそう答えた。

 空裏は、この世界の構造を知って、悪我識魔王に命を狙われるのが怖かった。

 だが、権力者が怖くて話もできなくなったら人生は終わりだ。

「悪我識魔王を倒そうとするものは、どのように連絡をとっているのですか」

 空裏は質問した。

「悪我識魔王は狡猾だ。本当に大事な人には、連絡を取ることはできない」

 裏釈迦は答えた。

 空裏と夢裏は、やはり、現実の戦いは想像以上に厳しいと思い知らされた。

「本当に魔王を倒そうとしている者には、誰も連絡がとれないかもしれない」

 空裏はぐっと黙った。

「もし、きみたちが魔王を倒そうとしているなら、無言の味方が何万人といることを知って安心するといい。魔王を倒すことは、みんなが期待している」

 裏釈迦はいった。

 すると、それまで黙っていた夢裏がいった。

「それなら、魔王より強い者はいるのですか」

「残念だが、魔王城の中にも外にも、悪我識魔王より強い者は存在しない。悪我識魔王より強い者をわたしは知らない。悪我識魔王が倒される時は、強さの偶然によるしかない」

 夢裏の疑問に、裏釈迦は答えた。

「強さの偶然ですか」

「そうだ。強さは偶然に決まる。だから、魔王が倒されることもある。安心するがいい」

 空裏と夢裏は深くうなずいた。

「悪我識魔王の目的は何なのですか」

「衆生を苦しめることだ」

「そんなにあからさまに悪いことを目指しているのですか」

「ああ、悪我識魔王は、おのれが悪であることを確信している。悪我識魔王は、悪を確信して実行するものだ」

 二人は魔王城の主の意思に圧倒された。

「裏釈迦さんの目的は何なのですか」

 空裏が質問すると、裏釈迦は答えた。

「わたしの目的は、存在の探究だ。存在は本当に苦しみからできているのか、それを研究している。この世界は苦しみからできているように思える。本当にこの世界に苦しみしかないとしても、苦しみがねじれて、快楽になるまで、存在をねじまげつづければよいのではないか。そうすれば幸せが生まれるのではないか。そういうことを研究するのを目的としている」

 やはり、この人は本当に凄い賢者なんだ、と聞いていた二人は思った。

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