第9話

文化祭の前日。

昼休みは相変わらずタロウと2人だった。

タロウといると落ち着く。とくにめちゃくちゃ話すタイプでもない私達だから、話が盛り上がるとか、そういうのはない。けど心地いい空気で私は眠たくなる。

そのまま昼休みが終わるまで眠ってしまってた。タロウの手のひらの上で。

「ルイもジョーと一緒の寝方すんのな」

確かにジョーはいつも私の手のひらを上に向けて顔をのせて寝る。でもタロウの手を触ったわけでもないし、なんで、どうやってこうなったんだろう、、。

「私、タロウの手、、」

「あ、いや違うよ。ルイがウトウトしてて机に顔打ちそうだったから、手で支えようとしたんだけど、、そのまま寝ちゃった」

「っぷは。言ってよ!」

「いや、言ったよ」

「あれwwごめんww」

タロウは隣の席だからチャイムがなってから席をたつ。そして隣の席に座る。

「授業中に寝たら起こしてやるよ」

「うん」

タロウの優しさとか、空気が私を癒してくれた。

放課後はタロウと看板の最終仕上げをした。すぐに終わってタロウが「ルイ、帰ろう」と言う。

「タロウ、ココアのみたいね」

「うん、ココア飲んで帰ろう」

「あったかいののもー」

「ルイ、乗って」

タロウはいつもチャリの後ろに乗せてくれる。そしてタロウの荷物は私が持つ。

タロウがいつもリュックで背中が見えなくなるから私がリョックを持つようにした。

ココアはジョーのお母さんがつくってくれる。ジョーの家は、お父さんが居酒屋をしていて、お母さんはカフェを隣同士でやってる。私達はよくお母さんのカフェに行っていた。

「あら、いらっしゃい」

「こんにちは~」

「ルイちゃんココアでしょ」

「はい」

「タロウも?」

「あーうん」

今日はお店が人でいっぱいだったから、テイクアウトしてタロウと外で飲むことにした。

「タロウ、あっち行こ」

「ええ、ここでいいじゃん」

「あっちがいい」

「え、、じゃあいこ」

いつもわがままに付き合ってくれる。

「うわーここ、小学生の時めっちゃ来てた」

「そうなんんだ」

「ジョーとかと段ボール持ってきてさ、草スキーしてた」

「いいなー楽しそうそれ」

「なつかしい~」

私は草の上に座った。

「ルイ、よごれるよ」

「いい。タロウも座ろう」

タロウが隣にきて寝ころんだ。私も真似して寝ころんだ。ココアをこぼさないように。

両手を広げたら、タロウの手に触れた。そのままタロウの手の上にのせた。

一瞬、タロウの手が私の手に絡みそうになったが、タロウはやめた。

心臓がどきどきしてしまう。タロウの手の暖かさに胸がきゅっとなる。タロウの手をそっと包んで、そっと離した。

恥ずかしいけどタロウのほうを少しだけ見た。タロウも少しこっちを見てた気がした。

タロウの手の上にのせた私の手を、タロウがギュッと包んだ。

思わず笑ってしまった。嬉しいのと恥ずかしい気持ちで顔が熱くなる。

「あのさ、ルイ」

「うん」

手を包まれたままの私は、タロウのほうを見ることができなかった。

「俺、お前がすきだ」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・え?」

タロウが起き上がったから、私も起き上がった。

「ルイがすきだよ」

「・・・・」

「・・・・」

「・・タロウ、、ありがとう、あの、、」

「いや、ルイ。今返事しないで。今度聞いてもいいかな」

「今度?」

「うん、今日じゃなくていい。今度」

「う、うん」

私は、この時にわかった。

私もタロウのことがすきだ。

タロウの手にまだ包まれていたかった。まだ家に帰りたくなかった。もっと一緒にいたいと思った。

「ココアのも」

「まだあったかいね」

「あまいね」

タロウは、家まで送ってくれた。タロウの髪の毛のにおいがいつもより近くに感じた。

「ありがと」

と言って渋々と自転車を降りて言った。

「あ、ルイ。頭に」

「ん?なんかついてる?」

「うん」

「ここ?」

「ううん、そっち」

頭を軽く手で払っていた。

「髪の毛、触っていい?」

「うん」

優しく触れるタロウの指に心臓が激しく動いた。

「とれた。さっき寝転んだからだ」

「ふふふ、ありがと」

「なに笑ってんの」

「ううん、なんかぬくもりを感じた」

「なんだそれ」

「いいんだよ、わかんなくて」

「じゃ、また明日な」

「うん、明日ね」

タロウを見送って、その後もドキドキした。タロウからの告白を思い出して、明日返事をしようと思った。

ジョーからメールがきた。

「明日、楽しみだなー」

「うん、楽しみー」

「ミカに一緒に周ろうっていわれた」

「おお!よかったじゃん!!」

「俺はみんなで周りてえ」

「じゃあ、みんなで周ろー!」

「おう!じゃ、早く寝ろよ」

「ジョーもね!」

「楽しみで寝坊すんなよ」

「しません!!!!」

「おやすみ~」

明日のことを考えたら眠れなかった。タロウのことがいつの間にか頭から離れなくて、いつから好きだったんだろう、とか、私がドキドキしたみたいにタロウもドキドキしたのかな、と考えたらキリがなくて、1人で恥ずかしくなったりした。

でもいつの間にか眠っていて、そしていつもより少し早めの目覚ましのアラームで起きた。

いつもより念入りにメイクをした。張り切ってるのがバレないように髪の毛は普段通り。

それでも、時間があまり朝ごはんをゆっくり食べた。母親は朝早くにもう家を出たみたいだった。

「おはよ」

「おはよ~」

昨日もバイトで夜遅くに帰ってきた兄が起きてきた。目をこすりながら。

「今日、なに?なんかあんの?」

「え?なんで?」

「お前、メイク濃ゆいだろ」

「いつもと一緒」

「っは。違うね。俺わかるもん」

「わかるかな?」

「わかるわかる」

「やめようかな」

「かわいいよ、かわいいかわいい」

「じゃ、いいや!このままっと」

兄にはなんでもお見通しだ。すぐにバレてしまう。

「で、なにがあんの?」

「文化祭♪」

「誰かに告んの?」

「ううん~」

「お前、彼氏できたとか?」

「それはまだだけど、、、」

プルルルルルルルル

普段なかなか鳴らない家の電話が朝から鳴った。

「お兄ちゃんが出て」

と言って私は部屋に戻り、学校に行く支度をした。鏡をみて、メイクを直そうか迷っていた。

急に部屋のドアを開き、兄が入ってきた。

「ルイ」

「ん?なに?」

「ルイ」

「え?なに?電話?」

「母ちゃんが、車で事故ったって」

「、、、、え?」

「多分、自殺だって」

「うそだ、そんなの、、」

「うそじゃねえ」

「うそ、、」

「病院いくぞ」

「いや、、だよ、、そんなの」

「ルイ」

「なんで」

「ルイ、行こう」

「行かない!!!」

ルイは動けなかった。兄が抱きしめてくれてもぬくもりを感じなかった。

そこからどうやって病院まで行ったかは覚えていない。私は制服のブラウスのまま、兄は起きてそのままスウェットに、薄いロンT1枚のままだった。2人とも寒さすらも感じなかったし、涙すら流れていなかった。

「兄ちゃん」

「ん?」

「私のせいだ」

「ルイ」

「私のせいでお母さんがいなくなった」

「違う。俺だよ。俺、母ちゃんのこと突き飛ばした」

「私のせいだ」

「違う」

「私がお母さんにひどいこと言ったもん」

「違うっつってんだろ」

「だって、、、、」

「ルイ、黙ってろ。なんも考えんな」

兄は私の手を優しく握った。

私達は小さい頃からいつも2人で家にいた。父親は私が産まれる頃にはもういなかったし、会いにも来なかった。母親はいつも仕事ばかりで、家にはほとんどいなかった。だけど寂しさなんて感じたことなかった。兄がいつも一緒にいてくれたから。いつも手を握ってくれて、いつも隣で私の頭を撫でて、‘‘大丈夫、俺がいる‘‘と言ってくれたから。

そして、今もそうやって、大丈夫になるんだ。と思った。

「泣けよ、ルイ。今までの分もさ。我慢すんな」

その瞬間、涙が大粒で溢れだした。声も出ない、息ができない。涙が止まらない。

たくさんのことを思い出いした。

母親が冷たく私を突き放した時、酔っ払って私の髪の毛を切ったこと、お兄ちゃんのバイト代をこっそり財布から抜いていたこと。嫌な思い出ばっかりしかでてこない。

でも、そんな母親だったのになんで涙がでてくるんだろう。なんでこんなに涙が止まらないんだろう。涙が出て、止まらない。息も苦しい。

ずっと1人で椅子に座って泣き続けた。

多分、怒りだ。虚しさだ。どうしようもなさだ。

ジョーが隣に座ったのがわかった。上着をかけてくれた。

「お前、薄着だな、寒そうだぞ」

と言って、それからはなにも言わず抱き寄せてくれて、ずっとそばにいてくれた。

それからまた、どうやって家に帰ってきたかも覚えていない。

ずっと眠れなくて、息が苦しくて、涙が止まらなかった。

眠ることもできなくて、落ち着くこともできない。兄は私から少しも離れなかった。

寝る時、何年ぶりかに一緒のベットにいた。それでも眠ることはできなかった。

「ルイ」

「、、、。」

「恨んでていいんだよ、憎んでていい。いつか許そう」

「、、、、、、、。」

「母ちゃん、多分疲れたんだよ。ルイと俺に冷たくして突き放すのに」

「、、、。」

「そんでさ、俺らに父親くれたんだよ」

「え?」

「死ぬ前に俺たちの父親と連絡とってたらしい」

「お父さん?」

「やっと会えるんだ」

「、、、、、。」

この日も眠れなかった。

次の日の葬儀、ほとんど記憶がない。母親が死んでからの記憶がほとんどなかった。

葬儀の後、ジョーのお母さんと兄がずっと話してた。

ジョーがいて、ミカもイクミもサヤカも、タロウも来てくれた。

タロウとはうまく話せなかった。

この日からずっと。

 そしてこの日、私達は父親に会った。私は初めて会った。

小奇麗な感じで、顔は私とは全く似ていなかった。お兄ちゃんに似てた。

再婚をしていて子供もいるらしい。なにの実感も湧かなかった。この人が本当に父親なのかも信じられなかった。なにかを話したかは覚えていない。

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