第22話 僅かばかりの自信

「………………」


 草むらにジッと身を伏せ、息を殺しながらもある一点へのみ意識を集中させ続けること30分……――。


「――……ッ、ギ……ギャ……」

「――‼」


 見つめる先――岩穴の奥から人の気配のようなものが……。


 ガヤガヤガヤ……。


 一人――否、一匹、二匹、三匹……。と、暗がりの中からドス黒い緑色の体躯をした魔物モンスターがわらわらと這い出てくる。

 グランベリーこの街へやってきてから幾度となく殺しあってきた魔物モンスター・ゴブリンだ。

 その数、全部で6匹……。しかも厄介なことに各々がその手に剣、槍、棍棒といった何某なにがしかの武器を手にしていて……。


「ゴギャゴグェ♪」

「ギャゴググェゴ♪」

「ギャギガッゴ♪」

「「「ギャギャギャゴゴゴッ♪」」」


 その内容までは解らないけど、下卑た笑みを浮かべご機嫌な様子で談笑するゴブリンたち。


 と、


「――ギャゴエアッ‼」


 そんな緩んだ感漂うゴブリンたちに一際鋭い大喝のようなものが飛んできたかと思えば、


 ――ヌッ……。


 最後にもう一匹、ようやっと今回の本命ともいうべき存在が姿を現した。


 体の色こそ同じくドス黒い緑色をしているが小柄なゴブリンとは違い、ぱっと見だけでも僕よりも大きい180cmセルチはあるんじゃなかろうか……。

 体格もさることながら、その表情一つとっても間抜け面を晒しているゴブリンたちとは一味も二味も違って、その精悍そうな顔つきからは知能の高さのようなものが窺える。

 同時に、そんな賢そうな頭を庇うように頭には鉄兜アイアンヘルムが――。

 更には、鍛え抜かれた筋肉質な体をこれまた見るからに頑丈そうな鉄鎧アイアンプレートで守り固めていて……。

 挙句の果てにはその右手には鋼の剣と、見事なまでに攻守ともに優れた装備を


 間違いなく奴こそがこの群れのリーダーにして今回の僕の標的ターゲット、ホブゴブリンだ。

 以前出会ったオーガほどの迫力はないものの、その力のほどは十分に窺い知れた。


 

と、


「ガギョガゴルゥッ‼」


 ホブゴブリンが何やら指示のようなものを飛ばしたかと思えば、


 ババババババッ‼


 ホブゴブリンを中心に前後左右――円を描くような陣形のもと進軍を開始していく。


 ――ザッザッザッザ……。


 見事なまでの統率の下、警戒を怠ることなく前進していくゴブリンたち。

 恐らくだが、これがこいつらお得意の作戦なのだろう。

 確かにこれならば例えどこから奇襲されてもすぐさま反応することができる。


 そんな行動に敵ながら天晴と感心する一方で、正直、僕は今すぐにでも飛び出て奴らを倒してしまいたい衝動に駆られるも……。


「………………」


 そこはグッと堪えていく。何故なら迂闊うかつに飛び込んでいって一匹でも取り逃がした挙句、洞穴へと逃げ込まれ捕まっている人たちが人質にされたりしたらそれこそ目も当てられない。


 そう判断した僕は、なるたけ音をたてないようにしながらも匍匐前進ほふくぜんしんでもって奴らが進む先とは反対側、洞穴側へと大きく迂回していった……――。


 結果、コレが功を奏し、見事なポジション取りに成功。


 ここまでお膳立てできればもう問題はないだろうと、


 ――スッ……‼


 今や慣れた手つきで音もなく聖剣ロストハイムを抜きとるや、


「――ッ‼」


 その体勢からスタートダッシュを決めるや矢の如く一気に奴らに向かって駆け出して行った。


 ――ダダダダダダダッ……‼


「――グギャッ!? ギャグギャゴッ‼」


 当然この行動はすぐさまゴブリンの知るところとなるも、そんなことなど知ったことかと僕は叫んだ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」


 気付かれて尚、雄叫びを上げて突進してくる僕に対し、


「ギャゴラギュガゲッ‼」


 僕のこの行動を受けすぐさまホブゴブリンがゴブリンたちに対し何やら指示のようなものを飛ばすなり、


「「「「「「グギャッゴッ‼」」」」」」


 今度はゴブリンたちが一斉に堰を切ったように僕に向かって走り出してくる。


「――ッ⁉」


 ――が、その陣形はさっきまでとは様変わりしていて……。


 迫りくるゴブリンたち。その姿はあたかも鳥が羽を広げはばたくかのような……。さながら鶴翼にも似た陣形のもと僕を包囲する形ですぐそこまで迫ってきていた。


 ――嵌められたっ⁉ 本来ならそんな絶体絶命な状況も、僕の瞳は目の前の一匹だけに集中していて……。


 僕がゴブリンどもに包囲されるのとほぼ同じくヤツが僕の間合いへと入るや、


「ハァアアアッ‼」


 ――ザシュッ‼


 気合とともに放った横薙ぎの一閃が見事ゴブリンを捉え、その首が胴と別れを告げる。


 プシュアアアアアアアアッ‼

 

 頭部を失い噴水のように噴き出る血が草むらを赤黒く染めていく。


 ヨシッ‼ 先ずは一匹っ‼ 後、残り6匹っ‼


 そう思った次の刹那、


 ――ドスドスドスドスドスッ‼


 脇腹、背中、肩口といった正面以外のあらゆる角度から槍や剣などが僕の身体を貫かんと襲い掛かってきた――。



「――……ギャゴガガガ♪」


 遠目から一部始終を見ていたであろうホブゴブリンからそんな笑い声にも似た唸り声を漏らす中、


「……フフ」

「――グギャッ!?」


 ハーミット大草原に、僕のそんな不敵な笑い声が響くのと時同じくして、


 ――ガキンッ、ボゴッ、バキンッ……‼


 そんな甲高い音を響かせ、聖鎧ラグナヴェルグの装甲力の前に僕へと突き出された刃は刃先から粉々に砕け散ってしまっていた。


「「「「「「ゴギャゲェッ!?」」」」」」


 ゴブリンたちは状況が理解できず壊れた武器を手に傍目にも困惑した様子を見せていて。


 僕はそんな奴らの隙を見逃さず、一気に動いた。


「スゥーーーーーーーーッ……」


 大きく息を吸い込むなり、


 ――グルンッ‼


 その場で体を捻って大きく旋回させるや、貯め込んでいた息を吐き出すのと同じくその遠心力でもって、


「――ハァアアアアアアアアアアッ‼」


 勢い任せて聖剣ロストハイムを振り抜いた――。


 ズザァアアアアアアアアアアアッ――


 クルリと一回転し体を戻した直後、先のゴブリン同様、その首回りに鮮やかな赤い線状の筋のようなものが走っていったかと思えば、


「「「「「グ、ゴ、ギャゲゲゴゲェエエエエエエッ⁉」」」」」


 プシュアアアアアアアアアアッ……‼


 ドサドサドサドサドサッ……。


 そんな音とともに周囲を自らの血の色に染めていった。



 一方で、目の前で部下たちがことごとく倒されたのを目の当たりにしても微塵も動揺した素振りを見せないホブゴブリン。


 そんな姿に若干のやり辛さのようなものを感じつつも僕は又してもホブゴブリン目指して走り出していく。


 ――ダダダダダダッ、


「――ハァッ‼」


 ダダーーーーーンッ‼


 一気に距離を詰めるかと匂わせつつも、あと残り数リールのところで思いっきり強く地面を蹴り上げ天高く跳躍していく。


「グガッ⁉」


 この行為はホブゴブリンからしても予想外だったようで僅かに反応が遅れた。

 その隙をつき僕は天高くその身を翻しながらも聖剣ロストハイムを振り上げるや、ホブゴブリン目掛けて落ちていく勢いごと全体重を聖剣ロストハイムへと乗せて、


「いやぁあああああああああああっ‼」


 ホブゴブリンの頭目掛けて振り上げていた聖剣ロストハイムを一気に振り下ろしていく。


 ――ビュンッ‼


 ――貰ったっ‼


 そう思った次の刹那、


 ――ザッ‼


「――⁉」


 出遅れたにもかかわらず僕よりも明らかに早い反応速度でもって聖剣ロストハイムを受け止める姿勢をとっていて。

 逆にそのスピードがあれば僕に一撃を入れることもできたにもかかわらず、あえて聖剣ロストハイムを受け止めるに留めたのは……。

 先ほどの顛末を見て僕に攻撃をしても武器を破壊されるだけと判断したのかもしれない。

 

 くっ、コイツ、本当に頭がいい……‼


 そんな僕の考えを見透かしたかのように、


「ギャゴギャギャ♪」

「――ッ⁉」


 それこそ、惜しかったな……。


 とでも言わんばかりの表情でもってコチラを見据えていて。


 この状況、以前までの僕ならどうしようもない焦りを覚えて動揺していたのだろうけど今は違う……。


「……アハハッ♪ 残念、ソレはこっちの台詞だねっ‼」

「ギュガァッ!?」


 満面の笑みでもってそう叫ぶや、僕はいささかの躊躇いもなければ必殺の気合を込めて、聖剣ロストハイムを一気に振り切った。


「うぉおおおおおおおおおおおっ‼」


 そして聖剣ロストハイムとホブゴブリンの剣とが触れた直後、


『ガッキーーーーーンッ‼』


 本来であるならそんな甲高い金属音を響かせ、火花を散らしあう鍔迫つばぜいのような形に突入するのが常ではあるのだけれど……。僕の剣は聖剣ロストハイム――。


 スゥーーーーーーーッ‼


「ゴゲギュガァッ!?」


 それこそ熱したナイフがバターを難なく斬り裂いていくかのように……。

これっぽっちの抵抗すらも感じさせずホブゴブリンのその剣はおろかヘルム、アイアンプレートに至るまで一刀のもとに斬り裂いてしまった。


 ザシュゥウウウウウウウウウッ‼


 結果、驚きの表情とともにホブゴブリンの身体は真っ二つに両断され、叫び声をあげる間もなく崩れ落ちていった――。



「――よしっ、後は捕らえられていた人たちを助け出して、今日の任務は終了かな?」


 こうして無事、今日も冒険者依頼クエストをやり遂げたことに僕はホッと胸をなでおろしていた。


 オーガを倒した日あの日からかれこれ一週間……。僕の実力というよりも完全にこれらの武具のお陰ではあるものの、僕は冒険者としてほんの少しだけだけど強くなれたような前に進めたような気がしていた――。

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