第21話 血塗れの殺人鬼

「き――きゃぁああああああああああああああああああっ‼」


 ――ガタンッ、ズザザザッ‼


 甲高い叫び声とともに椅子が倒れるのもお構いなしに勢い良くも後ろへと飛びのくや、


「な――何だいアンタはっ⁉ ――ハッ⁉ そ、そうかい、さてはあたしの命を狙ってやってきた殺し屋だねっ⁉ フン、お生憎様だね、あたしはそう簡単に殺されるような女じゃないよっ‼」


 そう叫ぶや、キッとコチラを睨みつけてくるウルザさんに対し、


「ち――違いますよ、僕です。僕、り、リックですよっ‼」

「ハァ~~ッ⁉ リックだってぇ? ふざけるんじゃないよ、アイツならとっくにくたばって今頃は墓の中さねっ! 何を馬鹿な……」


 えぇっ⁉ は、墓の中って……。ど、どういうことぉっ、ぼ、僕、実は死んでるのっ⁉


「………………」

「………………」


 よもやのお前はもう死んでいる発言に絶句し、暫し睨み合いのような状態が続くも、


「…………そうかい、そういうことかい……」

「?」


 何かを悟ったような顔を見せたかと思えば、次の瞬間、信じられない行動へと打って出る。


「――ッ‼」


 ――バサァッ‼


「――イィッ⁉ ち、ちょっとウルザさん!? い、一体何をっ⁉」


 何を思ったのかウルザさんは履いていたフレアスカートの裾を掴むなり、バッと自らの手でもって大きく宙に翻させた。


 ヒラヒラと――それこそ目のやり場に困りつつも、ランタンの灯に映えるその白く眩しい太ももへとついつい視線が注がれてしまう中、


 ――スチャ‼


「――んなっ⁉」


 太ももにガーターベルトのようなものを介して吊るしてあった何かを素早くも抜き取るや、


 ――ガチャッ‼


「まさか幻深香の効果がまだ消えてなかったとはねぇ……。まぁいいさね、幻であろうとなかろうと、あたしのあんな情けない姿を見られちまった以上、生かしちゃおけないっ……。幻諸共今度はあたしの手で再び引導を渡してやるよっ‼」


 そこには、紫水晶アメジストの切れ長の瞳とともに鋭い短刀ダガーナイフの切っ先が僕へと向けられていて……。


「えぇ、そんな無茶苦茶なっ⁉ それに情けないだなんてそんな……。すごく可愛らしかったですよ?」

「――――ッ⁉」


 僕のそんな発言を受け、ボンっと顔を赤らめ下を向いてしまう。


「普段のウルザさんとは違って、何というかギャップ萌えというか……。本当に可愛らしかったと思いますよ? いっそのことこれからそういうキャラで行くっていうのはどうですか? なぁ~んちゃって……」


 スゥーーーーーーッ……。


 この僕の余計な一言が悪かったのか、再び顔を上げたとき、そこには今しがたの恥ずかしそうに俯いたウルザさんの顔はなく、冷たくどこまでも冷め切った瞳をしていて……。


「――死になっ‼」

「えぇえええええええええええええええっ⁉」


 ボソッと一言呟いたかと思えば、カウンターを飛び越え、躊躇することもなければその刃を僕に向けて突き立ててきた――。



「――……いやぁ~、そうかいそうかい、本当に済まなかったねぇ、リック……。あたしとしたことがつい……」

「い、いえいえ、そんな……。僕の方こそ……」


 ――紆余曲折経てどうにかこうに和解(?)することに成功。再び静寂が戻ってきたココ、龍のうろこ亭で改めて話の場へと着いた僕たち……。


「いや、ホントに悪かったねぇ、あたしもあんなみっともない姿を晒しちまって、つい動揺しちまってねぇ……」

「え、そ、そんなみっともないなんて……。とても可愛らしい悲め……」


 ――キッ‼


 そう口を滑らせた瞬間、またしてもウルザさんの鋭い瞳が僕を睨みつけてくる。


「――‼」


 僕は慌てて口に手を当て押し黙らせた。


 あ、危ない危ない、どうやらこの可愛らしいワードはウルザさんには禁句のようだ……。


「と、ところで、さっきいってた墓の中って、アレはどういうことなんですか?」

「え? あ、ああ、アレかい? アレは、その、む、昔の友人の話さね……。アンタと同じリックって名前だったんだよねぇ……。アンタと背格好が似てたもんだから見間違えちまったんだねぇ……。ハハハ……」

「は、ハァ……?」


 何やら若干腑に落ちない点はあったんだけど、どうにか話を逸らすことには成功したので僕はソレ以上の追及はしないでおいた。

 

「…………(にしてもこの坊や、まさか生き延びて帰ってくるとはねぇ……。チッ、とんだ誤算だったよ……。態々わざわざやってきたってことは……。チッ、商品の返品にきやがったか? くそ、そうはいかないよ)」

「え? 何ですか? 何か言いました?」

「え? い、いやいや、何も言ってないさね。そ、そういえばお前さん、ゴブリンを狩りにいってたんじゃなかったのかい?」

「ゴブ……。――あっ、そうなんですよっ‼ ウルザさん、ちょっと聞いてくださいよっ‼」

「あ、ああ、ど、どうしたんだい?」


 僕の勢いに若干引き気味のウルザさん。



「――……といったわけで、紆余曲折あってウルザさんに教えてもらった場所に行ってはみたんですけどね、どうしたことかゴブリンなんて影も形もなかったんですよぉ。で、その代わりにとある魔物モンスターがいたんですけどね……。一体、何がいたと思いますっ⁉」

「さ、さぁ、何だろうねぇ、あたしにはちょっと見当もつかないねぇ~」


 そんなウルザさんの反応に待ってましたとばかりに尚も僕は得意げに話していく。


「ですよねぇ~、それがなんとですね、聞いてびっくりオーガなんですよ、オーガッ‼ それも普通のオーガなんかじゃなくて、背丈なんかこぉ~~んな、優に3メートルリールは超えてるんじゃないかって……‼」


 手をダーッと限界まで上に伸ばして鼻の穴を膨らませながらも興奮気味にしゃべる僕。


「へ、へぇ~、オーガかい!? そ、そりゃあ大変な目にあったねぇ~」

「ええ、本当にビックリしましたよぉ~。僕、オーガなんて見るのも生まれて初めてだったんですけど……。アレを目の前にしたときなんか僕、喰べられちゃうんじゃないかって……。でですね、僕思ったんですよ、ウルザさんが言っていたゴブリンも多分このオーガに喰われたんじゃないかって‼」

「へ?」

「へ? って、あれ? 僕、何か可笑しいこと言いましたか?」


 僕なりの自信満々の推理だったのだが、何故かキョトンとした表情をみせるウルザさん。


「あ――いやいや、そうさね、アンタの言う通り、き、きっとそうかもしれないねぇ~(コイツ、本気で言ってんのかい? どこまで鈍いんだよっ⁉)」


 何やら焦った様子を見せるも、


「で、態々わざわざここまで戻ってきた理由は何なんだい? まさかオーガのことそのことを伝えるためだけに戻ってきたってわけでもないんだろ?」

「あ、はい、実はですねぇ……」

「……やっぱりその、返品にきた、ってことかい?」


 ウルザさんがボソッとそんなことを呟いたのと同時に、ウルザさんの瞳がギラリと鋭くも光ったような気がした。

 

「え? 返……品?」

「………………」

「………………」

「アハハハ、まっさかぁ~、あんな凄い武具貰っておいて返品なんてするわけないじゃないですかぁ~♪ いやだなぁ~もう~♪ そういうことではなくてですね、え~~と、オーガの方は問題なく何とか倒したんですけどね……」

「そ、そうかい、あたしはてっきり不具合でも生じて返品にきたん……へ? な、何だって? アンタ、今何て言った……?」

「え? ですから返品なんかしやしないって……」

「そうじゃないよっ‼ 何かを倒したっていったろうがっ⁉」

「あぁ~~~、ハイハイ、そうなんですよぉ~、オーガは何とか倒したんですけどね、その後の処理的なことに時間を食っちゃいまして……」

「………………」

「………………」

「ハァッ!? あのオーガを倒したっていうのかいっ⁉ アンタが!? あのガラクタ聖剣でっ⁉」

「あ、はい、まぁ、倒したっていっても聖剣ロストハイム聖鎧ラグナヴェルグのお陰で僕自身は何かやったっていう全然実感は全然ないんですけどねぇ~、アハハハ♪ それでですね、コレなんですけど……」


 あっけらかんと喋る僕に対し、鳩が豆鉄砲を食らったかのように固まってしまうウルザさん。

 そんなウルザさんを置き去りに、僕はベルトに吊るしてあった袋の一つから例のモノを取り出すとカウンターの上へとそっと置いた。


 ゴトッ……。


「――⁉」


「で、コレなんですけど……。是非ともウルザさんに受け取ってほしくて……」


 ソレは大人の拳二つ分くらいはありそうな、あのオーガから取り出した魔石だった。


「な――ななななな何だいっ、こ、このバカでかい魔石みたいなのはっ⁉」

「あ、はい、倒したオーガから取り出した魔石です。結構バラバラになっちゃったんですけど、頑張って拾い集められるだけ集めてはみたんですけどね……」

「………………」



「……――それじゃあ今度こそ本当に失礼しますね? 今日は本当にありがとうございましたっ!」

「あ、ああ、うん、え、え~~~っと、お、お疲れさん……」


 どうしたわけか未だぎこぎないウルザさん。ともあれ、無事ウルザさんへ魔石を渡した僕は龍のうろこ亭を後にし、今の生活の拠点となっている宿屋へと帰っていった――。



「――フゥ~~~、やっと着いたよぉ~……」


 そういった僕の目の前には、木造の、見るからに歴史のありそうな何とも古ぼけた作りの3階建ての建物がデデンとその存在感を示していて。


 ともあれ、見慣れた建物を前にして僕はようやっと人心地着く思いがした。

 というのも、ここまでの道すがら……。通り過ぎる人はもちろん、道行く人が僕のことをやけに見ていたような気がしたんだけれど……。アレは一体何だったんだろう?


「う~~~~~~~む……――ハッ⁉」


 も、もしかして、僕って臭い!? く、臭かったりするのかな?


 オーガの涎をこれでもかと頭から全身に浴びちゃったし、ひょっとしてソレが原因!?

 それならあの人たちの気持ちも判らないじゃない。くぅ~~~~、リック・リパートン、一生の不覚ッ‼ そうと分かったら、サッサと部屋に戻ってシャワーでも浴びてすっきりしようっ‼


 そう心に決めるや否や、


 ギィィッ‼


 そんな趣のある音を奏で玄関の扉を開けて中へ入ると正面に受付カウンターがあるのだが……。


「あれ? ナタリーさんがいないなぁ?」


 周辺をキョロキョロと見回すも彼女の姿は見当たらなかった。


 ちなみにナタリーさんっていうのはこの宿屋・安らぎの箱庭のオーナーの娘さんで、お店でも看板娘で通っている女の子。更に付け加えるなら年齢も僕と同じ15歳。

 僕もこの街へとやってきたときからずっとこの宿屋を利用させてもらってるんだけれど、気立てがよくて可愛くて何かとお世話になってるんだよね……。


「う~~~ん、やっぱりいない……。一言挨拶だけでもしたかったんだけれどな……」


 ま、彼女も何かと店の手伝いとかで忙しい身だしね。邪魔をするのも悪いよね……。


 そう自らに言い聞かせ、カウンターのすぐ脇にある螺旋状の階段をギシギシと軋ませながらも二階へと上がり、


 ギシギシッ……。


 板張りの、これまた子気味良い音を奏でる廊下をまっすぐ奥へと進んでいる間、僕は今日起こった出来事を思い返していた。


「………………」


 チャモアによる余りにも突然の戦力外通知クビ宣告――。

 そして、ウルザさんとの出会い――。

 更には、伝説の武具を手に入れたこと――。

 挙句の果てには、オーガとの闘い(?)――。


 そのどれもが余りにも内容が濃過ぎて、とても今日一日で起こった出来事とは思えなかった。


 そうこうしてる間にも部屋の前までやってきたところで、僕はふと足を止めるや、


 ――スチャ。


 改めて、聖剣ロストハイムを抜いてみた。


 パァアアアアアアッ‼


 そこには紛れもなく本で読んだ通りの赤尖晶レッド・スピネルのような輝きに満ちていて……。


「………………」


 ゆ、夢じゃない……。やっぱり夢なんかじゃないんだっ‼


「~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」


 込み上げてくるどうしようもない興奮にそれこそ雄叫びを上げたい衝動に駆られるも、宿屋ということもあって剣を握りしめた状態で小さくガッツポーズで喜びを表現していたところ、


 ――ガチャ。


「あ~~~、忙しい忙しい。やっと片付いたよぉ~」


 と、そんなところへ隣の部屋のドアが徐に開いたかと思えば、先ほど受付にはいなかったナタリーさんが姿を現した。

 彼女の口ぶりから察するに、どうやら空き部屋の掃除をしていたようで……。とりあえず姿を見つけたので自然と口が開き、


「あ、ナタリーさん、ただいまです♪ 今帰りましたぁ♪」

「あ、リックさん♪ 今、お戻りですか? お帰りなさ――」


 お互いに笑顔で挨拶と思いきや、何故か笑顔のまま凍り付いたかのように動かなくなるナタリーさん。


「あの、え~~~っと、ナタリーさん……?」

「き――」

「き?」

「きゃぁああああああああああああああああああああっ‼ ひ、人殺しぃイイイイイイイイイイイイッ!?」

「イィィツ!? ち――違いますよぉっ‼ ぼ、僕です、リック・リパートンですよぉおおおおおおおおおっ‼ ひ、人殺しなんて、そんな……――」


 そこまで言いかけた時だった。

 ほんの少し向こう側の壁に掛けられていた鏡がどうしたわけかすごく気になってきて、小走りにも近くまで寄っていくなり映った自分の姿を確認するや、


「――⁉」


 そこに映し出されたのは全身を真っ赤に染め上げ奇しくも朱に染まる剣を握りしめる謎の男の姿だった。


 フルフルフル……。


 その姿にも衝撃を受けたが、物は試しと僕は右手に握っていた聖剣ロストハイムを2~3回振り回してみるも、


 フルフルフル……。


 と、まるでリンクでもしているかのように鏡の中の血染めの男の剣も同じように揺れ動いていて……。


「………………(プルプルプルプルッ……‼)」


「ぅ――うぎゃぁああああああああああああっ⁉ な、何これぇえええええっ、何で僕、血塗れなのぉおおおおおおおおおおおおっ⁉」


 その後はもうてんやわんや……。宿の客はもとより、かつて冒険者であったというナタリーさんのお父さんである現オーナーのザリューさんまでもが現役当時使っていたというバトルアックスまで持ち出して僕に向かって襲い掛かってくる始末……。


 こうしてこの日は、結局最後の最後まで濃い内容のまま終わっていった――。

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