第17話 オーガ

 ゴシゴシゴシ……。


「………………」


 我が目を疑うとはこのことかってくらい、僕は幾度となく目を擦っていく。


 何でそんなことをしているのかって? 一瞬、自分の目が可笑しくなったかのような感覚に陥ったからで……。


 ドスンドスン、グシャッ、ドスンッ……。


 近づいてくるほどにドンドン大きくなっていくかのような……。


 ドスンドスン、グシャッ、ドスンドスンッ、ピタッ……。


 とうとう目の前までやってきたソレに僕は言葉を失った。

 僕の記憶と照らし合わせてみてもそれはあまりにかけ離れていて……。唯一記憶と一致したのはそのドス黒い緑色の体躯……。

 違っていたのは、見た目そのものだった。人間と比べても小柄な部類に入るゴブリンのソレとは違って、人の身ではどれだけ鍛えたところで到達できそうにない見事なまでの盛り上がりをみせるビルドアップされた肉体……。

 その上腕一つとってみても僕の胴回りの太さ以上あるのが容易にうかがえた。

 更に鍛え抜かれた鋼のような筋肉の上に、今度は岩のようにごつごつとした顔が載り、そして左右の側頭部付近から突き出ている見るからにいびつで硬そうな角。


 これだけでもコイツがもうゴブリンなんかじゃないってのは十分理解できた。そう、断じてコイツはゴブリンなどではなく……。コイツは、コイツはオーガだっ‼


 くっ、それも只のオーガなんかじゃない……。オーガっていうのは個体差はあっても精々二メートルリールくらいって話だったのに……。

 それなのに……。コイツはどうみても優に三メートルリールは超えている……。


 な――な、何だよ、これぇ……? は、話と全然違うじゃないか……。こ、ここにはゴブリンがいるって……。ええっ⁉


 頭の片隅にすらなかった圧倒的な存在の登場にすっかりパニクる僕をよそに、オーガは両の手に握りこんでいた棍棒らしきものの一本を勢いよく振り上げたかと思えば、ソレを僕の頭目掛けて一気に振り下ろした。


「――ッ⁉ う、うわぁあああああっ⁉」


 こ、殺されるっ⁉


「ヒィッ⁉」


 遥か頭上から迫りくる棍棒に対し、咄嗟に手をクロスさせ頭を庇う姿勢をとるも、


 ――ピタッ……‼


「?」


 どうしたわけか振り下ろされた棍棒は僕にあたる直前で止められていて……。


「ガギャギャッ♪」


 まるで僕のことを揶揄からかっているかのような、僕の怯えきった表情に満足したようにそのいかつい口元を歪ませ歯をむき出しにして笑い声をあげる。

 そんな態度に普段ならムカつきが込み上げてくるのだろうけど、僕はこの時、憤りよりも殴り殺されなかったことに安堵していた。


 そんな僕の気持など知ってか知らずか、僕の反応に気をよくしたのかこの後オーガが信じがたい行動へと打って出る。


 何を思ったのか僕を殴りつけようとした棍棒を自らの口元へと運んでくるなり、


「――ガリッ……‼」


 勢いよくもかじり始めた。


「バリッ、ムシャ、グシャ……」


 その姿に僕は目を丸くした。


 ええっ⁉ う、嘘ぉ⁉ ……く、喰った? 喰べてるよ……。お、オーガって、木材を主食にしてるのっ?

 確かに丈夫そうな歯をしてるけど……。コレはいくらなんでも……。


 唖然とする僕を余所に、まるで見せつけるかのように、それはもう美味そうにムシャムシャと音を立てて尚も喰い散らかしていく。


「ハグッ、ムシャ、バリッ(プゥ~~~~~~ン)……」


 ――うぅ、そ、それにしても、何て酷い臭いなんだ……。


 オーガの口が開くたびに、まるで生まれてこの方歯磨きを一度もしたことがないのでは? と疑いたくなるくらい醜悪な臭いが漂ってきて気分が悪くなってきた。


「ハグッ、ムシャ、ガブッ……」

「………………」


 そんな劣悪な環境も止まることなく食事(?)を続けるオーガの口元を注意深く観察し続けていた中で、僕はふとした違和感に気付いた。


「ハグッ、ムシャ、バリッ……」

「? …………――ッ⁉」


 ち――違う、こ、棍棒なんかじゃない……。


 薄暗くて始めの内こそは気付かなかったけど、


「ハグッ、ムシャ、バリッ……」


 オーガが左手に掴んでいたソレは棍棒なんかよりもっと複雑な形状をしていて……。


「ガブッ、ムシャ、バリッ……」


 ……ごくっ、う、腕だ……。間違いない、そ、それも、に、人間の腕だっ……‼


 オーガが人間を喰うということは知識としては知ってはいたけど、実際その現場を目の当たりにするとこれがまた……。

 同時にソレを知覚した瞬間、辺り一面から死臭のようなものが漂ってくるような……。

 オーガの口元からもそうだが、僕の鼻腔に生臭い血の臭いが充満してきて、


「――うぐっ⁉ …………――うげぇええええええっ‼」


 次の瞬間、胃の中のモノが一気に込み上げ、中身を地面へとぶちまけてしまった。

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