第15話 騙す者、騙される者、そして……

「お世話になりました――か……」


 徐々に小さくなっていく背中を見送りつつウルザ・ブランケットが呟いた。

 思い起こされるのは、リック・リパートンと名乗った少年の炎のように真っ赤な髪と、どこまでも前だけを見ているかのような真っ直ぐな橄欖石ペリドットの瞳……。


「フフフ、まったく……」


 今しがたの少年の姿を思い返せば思い返すほどに……。


「単純というか、お人好しというか、正味な話、あんまりにもとんとん拍子に事が進むんで拍子抜けしちまったよ♪」


 先ほどまでリックに見せていたのとは違い、口の端を歪めて笑っている。


「あたしの目算では、おそらく5~600アルジュくらいは貯め込んでいるだろうとはにらんじゃいたけど……。コイツは予想以上の大儲けさね♪」


 ご満悦といった様子で、リックから受け取った財布布袋をポンポンと二度三度と手のひらの上で踊らせていく。


 と、


 ――キラッ!


 数メートルリール先で微かに光る何かをウルザが目の端でとらえた。


「……ん? ああ、ちょうどよかった……」


 ポツリとそう呟くや、ゆっくりと近づいていくなり、前かがみにもソレに手を伸ばしていく。


 再び体を起こしたウルザの手の中には、お世辞にも斬れそうとはいえない一振りの剣。


 にもかかわらず、ウルザは薄く笑みを零したかと思えば、


「フフ、聖剣ロストハイム発見ってね♪ こんなガラクタが1,200アルジュにも化けるってんだから世の中チョロいもんさね」


 彼女の手に握られていた剣は、今しがたリックに売りつけた聖剣ロストハイム同様、その刃は見るからに痩せ細り、ヒビサビが所々に浮き出ていて……。


「何たって、あの坊やに売った聖剣ロストハイムもどきにせよ聖鎧ラグナヴェルグもどきにせよ、原価は只同然のガラクタ代物だからね。あのポーションにしたところで、そこいらで拾った空き瓶にすぐそこの溝川どぶがわの水をすくっていれただけのポーションとは名ばかりの商品さ。むしろあんなもん一口でも口にしようもんなら、傷が治るどころかそれこそあの世行きさね♪」


 そう言って最初こそケタケタと肩を揺らせて笑っていたウルザであったが、何かを思い出したかのように一転、今度は苦虫を嚙み潰したようなソレへと変わっていく。


「ま、それはさておくとして、あたしとしたことがあんなつまらないミスをするなんてね……」


 店の入り口付近に隠すようにそっと置かれたソレへと手を伸ばしていく。

 入り口からでは決して見つかることのない死角の棚にそっと忍ばせてあった手のひらサイズの香炉こうろ――。


「チッ、あたしとしたことが幻深香の調合をミスっちまうなんてね……。焼きが回ったもんさね」


 苦々しくも吐き捨てるようにぼやいていく。


『幻深香』……対象者を催眠状態にする効果が強く、古くから裏家業の、それも女暗殺者などによって特に重用されてきた相手を幻惑させることに特化した香の一種……。


「……配分量をミスったこともだけれど、まさかあのタイミングで地震地鳴りが起こるかねぇ……。きっとあの地震地鳴りで心が揺らいだことがあんな幻を見せられた原因さね。だからあんな……」


 それはリックが剣を手にした次の瞬間、


『――Ψ¶ΛΦΨθδйδδδδδδδδδδδδδδ‼』

「――ッ‼」


 ソレはまるで地の底から響いてくるような、それでいて全てを焼き尽くしてしまいそうな……。


 ――くぅっ、い、今思い返しても正直、震えがくるよっ……。まるで、本物のドラゴンたち、ひいては、ドラゴン王イグナ・ロスを前にしたかのような錯覚を覚えたくらいさ。


 一度だけブルッと大きく体を震わせるも、次の瞬間には平静を取り戻していた。


「にしてももう一つ気になることがあるんだよねぇ……。あの坊やが剣を握った瞬間、何か剣が光りだしたような気がしたんだけどね……。アレは一体何だったんだろうかね? アレは地震地鳴りが発生するよりも前だったような……?」


 熟考する素振りを見せるも、すぐさまウルザは考えるのを止めた。


「ま、いいさね……。今更あーだこーだ考えたところで答えがわかるわけでもなし……。それにどのみち、あの坊やとはもう二度と会うこともないわけだしね……。何せ、あの場所にいるのは……」


 意味深な笑みと共に、ウルザ・ブランケットは再び龍のうろこ亭の闇の中へと姿を消してしまった。

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