第14話 広がっていく世界

「今日は何というか、申し訳なかったね……。強引に商品を売りつけるみたいな形になっちまってさ……」


 どことなくきまりの悪そうな感じで、ウルザさんが僕に対し謝罪の言葉を口にする。


「と――とんでもないですよっ‼ 僕の方こそ、こんな凄い武具をこんな只みたいな値段で譲ってもらっちゃって……! そ、それにこんな貴重なポーションアイテムまで……。ウルザさんにはどれだけ感謝してもしきれませんよっ‼」


 高ぶった感情の赴くままに、興奮気味にも彼女にありったけの感謝の言葉を発していく。


「ハハ、そう言ってもらえると少しは気が楽になるよ」


 無事、武具の支払いを済ませた僕は、ウルザさんのお店でもある龍のうろこ亭の店先にて今後についての話し合いをしていた。


「それでリック……。アンタこれからどうするつもりだい?」


 軽く腕を組み店の壁に寄りかかりつつ、伏し目がちにもそんなことを訊ねてくる。


「そうですね……。もう一度冒険者として頑張ってみようと思ってます。何よりこんな凄い武具を貰ったのに田舎に引っ込むなんて、そんな勿体無いこと出来る訳ないですからねっ‼」


 さっきまで塞ぎ込んでいたのが嘘のように、僕は今感じている胸の内をハッキリと言葉にしていく。


「まずは今からでもダンジョンに潜って、早速武具の性能を確かめてみたいと思ってますっ!」

「そうかいそうかい。それを訊いてあたしも安心したよ。ならあたしから一つ餞別って程の事でもないんだけどね……。良い情報をプレゼントするよ」



「……――え? ゴブリンって……。あのゴブリン、ですか?」

「ああ。そのゴブリンさ」

「…………」

「…………」

「もしかして、あまり気乗りしないかい?」

「へ? ――あ、いえ、そういうことではなくってですね……」

「?」


 咄嗟に否定こそはしたものの……。僕が考えていたことはウルザさんが考えていることとはもっと別のソレであって……。

 ゴブリンというのは魔物の中でも最弱に近い存在と言われているし、当然奴らもそのことを十分に理解している。それ故に奴らは常に集団で活動することが多く……。

 いくら聖剣ロストハイム聖鎧ラグナヴェルグを手に入れたとはいえ、チームを組んでいるわけでもなければ、つい昨日までゴブリン一匹にギリギリの戦いを繰り広げていた僕が、もし万が一にも大勢のゴブリンに囲まれるようなことになったとき、果たして単身で渡り合えるのか……。


 そんな不安が行動となって表れたのか、元から吊るしてあった空の鞘に収まっているロストハイム相棒の柄を無意識にも握りしめていた。


「……ああ、なるほどね……。そういうことかい」


 僕のそんな不安を読み取ったのかウルザさんが言葉を続けていく。


「そのことなら安心おしって。そこにいるのはゴブリン一匹だけさね」

「え? い、一匹、だけですか?」

「そうさ。どうやら群れからはぐれた一匹らしくってね……。近くに巣もなければ、トラップが仕掛けられているような様子もない……」

「………………」

「………………」


 う~~~ん、その話が本当なら、もしかして、僕でも何とかなる、かな? 


 そんな風に考えていたところへ、


「それでも不安を拭いきれないってんなら、あたしが魔法の言葉ってヤツを教えてやるよ」

「え? ま、魔法の言葉?」

「――⁉」


 唐突にズイッと僕に顔を近づけてきたかと思えば、まっすぐにジィッと僕の目を見つめてきた。


 ドキドキドキドキドキドキッ……。


「あ、あの、う、ウルザ、さん……?」

「いいかい? その剣と鎧はかの英雄スルトがその生涯にわたって使い続けた武具だよ……。リック・リパートン、アンタ、剣聖スルトのことを信じられないっていうのかい?」

「――‼」


 そ、そうだ、そうだった……‼ 僕が持っているのは只の剣と鎧じゃないっ‼ あの英雄スルトの剣と鎧なんだっ‼


 その事実を前に、日和っていた闘志に再び火がつくのを感じた。


「ま、もっとも聖剣ロストハイム聖鎧ラグナヴェルグの初陣としては聊か歯ごたえのない相手に感じるかもしれないけれどね……」

「そ、そんなことないですよ、も~~ウルザさんったらぁ~」


 この場の雰囲気を和ませるかのようにウルザさんがお道化た調子でそんなことを言う。


 こうして気持ちを新たに、僕はウルザさんから詳しい場所の説明を受けていった。



「……――それじゃあ、僕、行きますね? ウルザさん、本当に何から何までお世話になりましたっ‼」


 ウルザさんに深々と一礼する。


「ああ、行っといで……。それと、気が向いたらまた顔を出しとくれよ、アンタならいつでも大歓迎だからさ」

「ハイッ‼」


 ウルザさんに満面の笑みでもって応えるなり、今度は体をひねって反転させ僕は一気に駆け出していく。


 ――そう、この瞬間から僕の本当の冒険が始まるんだと自らに言い聞かせるようにっ‼

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