第11話 龍のうろこ亭

「お、お邪魔しまぁ~す……」


 ランタンのあかりともるだけの薄暗いわずか十畳ほどの店内へと一歩足を踏み入れるや、


「――ッ⁉ ……うぅっ、こ、コレはっ……⁉」


 店内には鼻を打つ強烈な臭いが立ち込めていて……。


 うぅ、……な、何ごでぇ? ひょっとして、何か特殊なおこうのようなものでも焚いているのかな?

 正直、その臭いには閉口させられるも、ここまで来ておいて今更帰るわけにもいくまいと覚悟を決めるや、改めて店の奥へとさらに歩を進めていく。


 臭いもさることながら、店内にはこれまた所狭しと商品らしき品物が煩雑にも積み置かれていて……。


「うわぁ……」


 すっかり臭いに充てられたのか頭が少しぼーっと逆上のぼせたような感覚に陥り、フラフラと手探りにも店の奥へと足を運んでいったところ、


 ――ドンッ、ガララッ……!


「――ッ⁉ ……ふぅ~~~、ぎ、ギリギリセーフ……」


 頭のこともそうだが暗闇に目がまだ慣れていなかったこともあって、蹴躓けつまずいた拍子に危うく商品を床に落としてしまいそうになるも、すんでの所ところで掴み取ることに成功。


「おいおい、ちょっと気をつけとくれよ」

「は、はい、ご、ごめんなさ……――って、う、ウルザさんっ⁉」

「あん? 今度は何事だい?」

「ち、ちょっと、か、勝手に座ったりなんかしちゃ不味いですよっ! お、お店の人に見つかったら、きっと怒られちゃいますよっ⁉」


 その言葉通り、いつの間にか店のカウンターらしきテーブルの裏手へと回ったのか、木製のこれまた年季の入った椅子に腰を下ろすウルザさんの姿がそこにはあった。


「あん? いや、勝手に座るも何も……。ココはあたしの店だよ?」

「いや、いくら自分のお店だからって……。へ? じ、自分の、店ぇ……?」


 思わず聞き返す僕に対し、


「そう、つまりこの店、『龍のうろこ亭』は、あたしことウルザ・ブランケットがオーナー兼店主の道具屋ってわけさ」

「……へ? えぇえええええええええええええええっ⁉」


 驚きとともに改めて目の前に座っている女性をマジマジと見つめていく。


「………………」

「………………」


 う、ウルザさんが、店主? それもオーナーって……。

 てっきり頭の禿げ上がったでっぷり肥えた因業いんごうそうなオヤジさんが店主でもしているもんだと勝手に思い込んでいたんだけど……。

 僕と大して年も違わない筈なのに、こんなお店を一人で切り盛りしてるなんて……。何て凄い人なんだろう……。


 感嘆すると同時に、この頃には幾分か臭いや目も慣れてきたこともあって、あらためて店内へと目を向けてみる。


「ふぅあぁ~~……」


 店内ソコには僕がいまだかつて見たことも聞いたこともないような商品がそこかしこに並んでいて……。


「どうだい、珍しいかい?」

「え、ええ、凄いです‼ これなら一日中いても飽きそうにないですよ」

「だろうね。コレらは、どれもこれも一般には流通すらしてない商品ばかりさね。こういう商品が揃うのも悪所ココいらの利点の一つさね」


 と、それこそ子供のように目を輝かせる僕とは対照的に、ウルザさんはあくまでも落ち着いた口調でもって再度話を進めてくる。


「ま、店の商品のことはさておき……。そもそもそんな話をするために態々わざわざアンタをこんなところまで引っ張ってきたわけじゃあないんでね。……さて、いよいよここからが本題さね……」

「え? 本題?」

「さっきの続きだよ。弱き者が如何にして実力差を埋めるのか?」

「‼」


 その言葉を聞いた瞬間、弛緩しかけていたこの場の空気が再び緊迫感に包まれていく。


「あの時、あたしの言ったセリフを覚えてるかい?」

「え、ええ、ただ強くなるだけなら方法はいくらでもあると……」

「そう、本当にいくらでもあるのさ。例えば単純に身体能力だけを向上させるだけでいいのなら、コイツを使えばいい……」


 そういうとウルザさんは小瓶のようなものを取り出し、そっとテーブルの上へと置いた。

 透明の、ポーションなんかを保存する瓶に琥珀色の液体がなみなみと注がれていて。


「えっと、こ、コレは?」

「こいつはある筋から入手した特別な薬品ポーションでね、使用した人間その人間の身体能力を限界を超えて上昇させるって代物さ……」

「えぇっ⁉ そ、そんな物があったんですか?」


 驚きとともに、まるで吸い寄せられるかのように、目の前の瓶へと手を伸ばしかけるも、


「ああ、正に弱者からしたら夢のような商品さね。だけどね、ソレにはそれ相応の副作用代償ってヤツがつきまとう……。その副作用代償ときたら、口にするのもおぞましいほどさ……。一度きりの戦闘だけってなら使う価値もあるかもしれないけどね……。冒険者として今後も生きていくつもりのアンタには、正直おススメできない方法さね……」


「――っ‼」


 た、確かに……。冒険者にとって戦いは日常茶飯事、そんな一回限りでどうこうなってしまうようなアイテムなんて論外だ……。


 で、でも、それじゃあ……。


「だが、あたしが今から教える方法は、そんな副作用代償さえもなければ、途中で効果が消えるようなこともない……。それこそ、半永久的……。もっとも、アンタが病気やなんかで死ぬか、天寿を全うしたりなんかしたらその限りではないかもしれないけどね……」


 冗談交じりにそんなことを言うウルザさんに僕は改めて訊ねてみた。


「ほ、本当に、そ、そんな方法が……?」


 ウルザさんがそっと頷く。


 ――ごくっ……。


 僕は固唾を呑んで彼女の次なる言葉をジッと待ちびた。


「答えは、武具さ……」

「へ? ……ぶ、武具? 武具って、あの……?」

「そうさ、身体的能力で圧倒的に劣る劣等種たる人種ヒューマン魔物モンスターたちを相手に圧倒するには武具の力に頼らざるを得ないってことさ」

「……………」

「……………」

「納得いかない、って顔してるね?」

「――っ⁉ え、い、いや、そ、そんなことは……」


 露骨に表情に出ていたのか、慌ててその場を取り繕うも……。

 実際問題、彼女の答えは僕が望んでいた回答には程遠く、その結果大きく落胆させられる結果となった……。


 だってそうじゃないか、何てことはない、そんな程度のことなら僕だって考えたさ。なればこそ剣を手に入れて以来、それこそ我武者羅に……。一日だって休むことなく剣を振り続けてきたんだ……。でも、才能のない僕には何の力もつかなかった……。


 ……違うんだ、僕が知りたいのはそういったことじゃないんだっ‼


 そんな僕の心を読んだかのように、更にウルザさんが言葉を続けていく。


「ま、それが普通の反応だろうね。でもね、あたしが言ってるのは今アンタが考えているようなそんじょそこいらの武具じゃあない……」

「へ?」


 テーブルに両肘をついて、そっと指を組んだかと思えば、


「スキルや本人の持って生まれたであろう資質なんか関係ない……。力量不足すらも、そんなモノを補ってなおお釣りがくるほどの圧倒的なまでの武具……」

「あ、あの、う、ウルザさん……?」

「ああ、ちょいと待っていておくれ」


 そう言って立ち上がったかと思えば、更に奥へと連なる通路に消えていった。

 

「………………」


 ウルザさんの鬼気迫る迫力に気圧され、全く口を挟むことができなかったけど……。ウルザさんは一体何を……?


 そうして待ち続けること5分少々……。

 ようやっとウルザさんが戻ってきた。


「待たせちまったね……。さぁ、コレらがあたしの出した答えさね」


 再び奥から姿を現した彼女が持ってきたのは、一振りの剣と一領ひとくだりの鎧……。


「……――うぇっ? こ、コレが、ですか……?」


 失礼とは思いつつも、ついついそんな声が漏れてしまった。それ程までにウルザさんが持ってきた剣と鎧いうのが……。


 まずは剣だが……。それはもう、見るからにこれでもかと朽ち果てていて……。刀身全体を覆うほどに赤黒く染まったサビに加え、刃の至るところに走っているヒビ割れ。これでは魔物モンスターを斬る云々の前に、鞘から出した瞬間にも折れてしまうのではと先ずはソコを気にかけなければならないほどだ。

 鎧にしたところで、これまた見事なまでにボロボロ……。至る所に焦げたような跡、更には継ぎ接ぎだらけで見るも無残な姿をさらすその様は、最早、元が布製だったか革製だったかも分からなくなってしまっている有様……。

 正直、どこぞに打ち捨てられていたガラクタをそのまま持ち帰ってきたのでは? と勘ぐってしまいたくなるような品々であった。


「…………」

「…………」

「あ、あのぉ~、こ、コレは一体……?」


 何といえばいいのやら……。最早ありとあらゆる感情が消えうせ、茫然自失といった感じに訊き返す僕に、至って真剣な表情でもってウルザさんが静かに口を開く。


「ロストハイムとラグナヴェルグさ」

「はぁ……。そう、なんですか? え~~~っと、何でしたっけ……? たしか、ロストハイムとラグナ……」


 どこかで聞いたような名とは思いつつも、深く考えるでもなければ彼女の言葉に倣うように無意識にもただただ復唱すべく声を発しようとした次の瞬間、


「――⁉」


 雷に打たれたような衝撃が僕の全身を突き抜けていった。


 次の刹那、カッと目を見開いたかと思えば身を乗り出し、それこそ食い入るようにウルザさんの瞳を凝視した。


「………………」

「………………」


 ウルザさんの口を通じて耳に入った情報が余りにも衝撃的過ぎて……。というより、よもやこんな場所でその名を訊くことになろうとは夢にも思っていなかったこともあって……。


「あ――あのっ、ウルッ……あっ、お、ろ、ラ……?」


 事の真偽を確かめるべく必死に声を発しようとするも、緊張のためか上手く言葉が出てこない。

 そんなもどかしさも、それでも僕の言わんとすることはウルザさんに十分伝わったようで、


 コクリ……。


 ソレに応えるかのように、ウルザさんが力強くも静かに頷いた。


「――――‼」


 それを目にした瞬間、込み上げてきた感情を抑え込むことができずに気付いた時には叫んでいた。


「ロ――ロロロロロロストハイムと、ラ、ラララララグナヴェルグゥウウウウウウウウウウウウウウッ⁉」


 僕の絶叫にも似た声がココ、龍のうろこ亭を突き抜け、悪所一帯へと響き渡っていった。

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