第1話 残酷な世界。
そこは、残酷な世界。
何をもって残酷かと言えば。
その世界は、食い尽くされていた。
空間に寄生し、根付き、
素材と認めたあらゆるものを吸収し、
それらを養分として世界を構築し、
その存在をさらに高めんと拡張を繰り返し、
その過程では他者を侵食、統合し、
果ては増殖までしてしまう。
究極の構造体にして生命体…いや、
今もって多くを謎とされる『界命体』──
──『ダンジョン』によって。
この世界は無数のダンジョンによって食い尽くされたのだ。比喩なしに全てだ。地海空の全てがだ。
全世界がダンジョン化してしまった。
ダンジョン共はそれに飽き足らず、次には『魔素』を吐き出し振りまいた。その影響で世界の形はさらに変わる事となる。
地形だけの話ではおさまらず、命の形までが変わってしまった。
ただでさえダンジョン発生に巻き込まれ人口が激減していたというのに、魔素による影響で『魔力』を宿す『魔物』なる異形種が蔓延るようになった。
その被害により人口はさらに激減した。それに伴い人類が生存可能な安全地帯も激減した。人類絶滅へのスパイラルはこの時完成したかに見えた。
…が、人類は今も生きている。
全ての生命が魔素の影響を受けたのだ。それは人類も例外ではなかった。人類は魔力を知り、『スキル』やそれを強化する『クラス』など、超越なる力を得た。つまり自衛の手段は残されていたのだ。だから今も生き延びている。
しかし、そう在る事でこの世界の『残酷』は益々深まることとなってしまった。
ダンジョン発生から数百年──魔力を取り巻いて在るこの環境は、多くの絶望を人類社会にもたらした。
その最たるものとして挙げられるのが、『才能の格差』………だろう。
今や個人の能力の全ては『生まれ持った才能』で決まってしまう。そう言って過言ではなくなった。
簡単な話だ。スキルやらクラスやら、そんな便利かつ強力な力があるのなら、その有無により個々人の優劣が判別されるようになるは必定。
そのスキルやクラスの発現と成長の度合いは、保有する『魔力』の質と量で決まる。
その質と量は魔素を魔力に変換する器官『魔炉』の性能で全く変わる。
そして、その魔炉の潜在的な成長限界は、生まれた時にはもう既に決まっているのだ。
こうして世界に確として根付いた『才能の格差=能力の格差』という図式は、決して覆るものではなかった。
勿論、各個人の努力は必要なこととされている。だが…『ただ努力をするにも資格が要る』そんな世界になってしまった。
そんな残酷な世界で、さらなる過酷を背負わされた者が一人。
彼は物心がつくやいなや、世界の洗礼を受ける事となった。
まず魔物被害により両親を喪った。彼が育ったのは、貧しく環境の悪い孤児院だった。だがこの程度の悲劇はこんな世界では珍しい事ではない。
真に最悪だったのは、彼には才能がなかったことだ。先程も述べた通りだ。この世界は才能がものを言い過ぎる。
周囲の誰もが当然の如く人外の力に目覚めゆく中、彼だけが魔力を扱えず、よってスキルにも目覚めず、よってクラスなど望むべくもない。
『レベル』もなかなか上がらなかった。上がっても『ステータス』値の伸び率は最低ときた。
『才能(スキル)がないやつがいくら努力したって無駄なこと』
これは、いつまでもスキルを発現しない彼が言われ続けてきた言葉だ。だが彼は諦めなかった。努力の資格?そんなもの知ったことかと。
彼は人から異常者と見られるほどムキになって努力し続けた。無駄に終わると薄々は勘付きながら…『それでも』と。
そうして彼は、遂に奇跡を起こした。無理に挑んでは無茶をやらかし苦茶を乗り越えるという無謀…人々から見れば無駄でしかないそれらを無数に繰り返したかいがあったのか。
成人してからさらに数年…こんな彼にも、スキルが発現したのだ。
それは、【空白】というスキルだった。
その効果は『魂に生じた空白を活用する』というもの。ステータス内にて判読出来た解説文はこれだけだ。
彼はこの魂の空白とやらを『収納空間』として利用した。色々試したがそれ以外に活用方法を見い出せなかったからだ。
収納系スキルには、無限に収納出来る上に収納したものは劣化しないという【無限収納】なるものがあるが、彼の【空白】は収納出来る量に限りがあり、収納物は時間経過に伴い劣化する。そして極め付けなのが…
『収納したものにより、肉体が影響を受けてしまう』という、もはやマイナスでしかない効果。
収納し過ぎれば身体は重く感じるし、収納物の状態が悪ければ体調不良を引き起こす。…もはや収納スキルの体裁すら保てていない。
彼はスキル発現に大きな期待を掛けていた分、その落胆も大きなものとなった。諦めがつかず、他の活用法はないかと『解析師』に診てもらったりもした。
……だがその診断結果こそがトドメとなった。
判明したのだ。彼には、『無い』ことが。
魂の一部として誰にだって備わっているはずのものが…『魔炉』が無いということが。
『でも!それはおかしいっ!』
そう言って彼はその解析師に詰め寄った。スキルとは魔力によって発現するもの。では、魔炉がないなら魔力もないはずの彼が一体、どうやってこの【空白】というスキルを発現させたというのか?…それに対する解析師の答えはこうだった。
『欠落した魔炉…その代わりとして魂に生じた一部の空白……それこそがこの、【空白】という能力の正体なのでは?』
つまりこの【空白】は厳密に言えはスキルですらないのだと。それを聞いてはさすがの彼も頭の中が真っ白になった。
「………そうか……俺には本当になかったんだな…魔炉も…スキルも…そうか…元々…そうか…なかったのか………全部…なかった……俺には……何も……」
『才無し』。
イコール、
『能無し』。
そしてこの世界においてそれは
『用無し』。
彼は、優劣をすらつけるに値しない存在だったのだ。
死力なら十分以上に尽くした。だがそれは…全く枠外でのことだった。望みなど最初から無かったのだ。
死ぬまで続く残酷なだけの時間…それをただ静かに受け止めやり過ごすしかないと、生まれた時すでに…そう決められていたのだから。
…なるほど。
………なるほど。
…………いやいや、なるほど。
『これはまさに』というやつだ。
彼を含め、彼を愛する人、疎む人、全ての人がこう認める所だろう。
それすなわち、『絶望的』。
そうして彼は、遂に思い知らされた。
『諦める』という残酷を。
無才にして無能である彼はこうして、負け犬にまで成り下がってしまった。
そんな彼に出来る仕事など…ダンジョンに潜る探索者…の中でも最低ランクの探索者にして、しかも『臨時雇いの荷物係』…これくらいしかなかった。
そうして今日も、彼は荷物係としてとある探索者パーティのダンジョンアタックに同行する。
結果から言えば今回の仕事もひどかった。いや、今回は特に。というより最悪。最悪の雇い主。
だが、『本当に最悪なのは何だったか?』そう聞かれたなら彼はきっと、こう答えたことだろう。
『こんなクソッタレな世界に生まれたことだ』
…確かに。こんな世界に生まれなければ、彼は『才能なし』と呼ばれ差別されることもなかった。
『荷物係専門のダンジョン探索者』なんて危険でしかなく、見返りが極めて少ない仕事に就くこともなかった。
そうだ。もしこんな世界に生まれてこなかったなら、今回のダンジョンアタックに参加しなくて済んだのだ。
そして……あんな残酷な『死』を迎えることだって……なかったはずだ。
「……ああ、でも、そうか…」
もしそうなっていたら彼は、『かの者』には出会えなかった。
「……それは、ちょっとイヤかもな。」
こんな境遇に晒され、それでも。
こんな事を言える彼なのだ。
ほんの少しくらい、報われたっていいはずだ。
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