ダンジョン人間が、征くっ!〜『な…ダンジョンと同化しただと?』『うん。それで復活した。』こうして不遇な上に仲間達に殺された俺は無双する事に〜

末廣刈富士一

第0話 無様にして無残な、終わりにして始まり。



 Cランクダンジョン 『迷いの森』。


 ここに棲息する魔物は魔法攻撃を主とし、実体を持たず物理攻撃が効かないという厄介な『精霊属』が殆どであるがしかし、比較的性格の大人しい個体が多い。ダンジョンランクがCと低く設定されているのはそのためだ。


 ただこのダンジョンは地形を忙しなく変え、侵入者を惑わす。その性質から最深部に辿り着けた者はいない。


 …そうされてきた。


 だが俺達は辿り着けてしまった。

 偶然にもその最深部に。

 当然、『アイツら』は興奮した。

 我を忘れた。

 レア度の高い素材の数々…

 そこはお宝の山だったのだ。


「オラっ!もたもたすんじゃねえよ馬車馬がぁ!さっさと『収納』しねえかっ!オメーは下っ端働きすら満足に出来ねぇのかこの、穀潰しがぁっ!」


 俺の名前は馬車馬じゃない。

 『ソラ』という。 

 これは親からもらった大事な名だ。


 その大事な名前を勝手に馬車馬と脳内変換するこの、無礼極まりない男。

 こいつは俺の幼馴染みにして今回の依頼主。名を『ザッパー』という。このパーティのリーダーだ。クラスはハイクラスでも花形の『魔剣士』。


 昔はこうじゃなかった。いつもおどおどとしていて、よく助けてやったものだ。

 それが今じゃ『ダンジョン探索者』以外を仕事に出来ない気性の荒さと粗さが特徴となってしまった。見ての通り常に高圧的で、俺を人として扱わない事を当然と思っている。


 それでも今は雇い主だ。

 俺が風下に立つしかない。

 

 「……すまん」


「…ああ?『すみません』だろうが今すぐ言い直せや馬車馬ぁ…さもなきゃ俺の【魔法剣】が火を吹くぜ?いいのか?ああん?」


「私は構わないわよ?後ろから人のお尻をジロジロと…。ホント気持ち悪いったらコイツ…」


 俺を変質者扱いしたこの女の名前は『レッコ』。クラスは『業賊ごうぞく』。斥候せっこう系スキルを網羅しながら高威力魔法まで使いこなすという、ハイクラスの中でも超がつくレアなクラスの持ち主だ。


 そしてこいつも幼馴染だ。昔は俺に気があったようだが……俺が才能なしだと知った途端、蛆虫の如く嫌うようになった。

 いや、非道い話に聞こえるかもしれないがな。本当に非道いのはこれがそれほど珍しい事ではないということだ。…そう、世の殆どの人は俺には冷たい。


「そんな軽々しく命を粗末にするものではありませんよ?」


 こんな風に俺に味方する者がいる方が珍しい。


「…さあ、早く謝るのです。相応しく無様に。」


 …って、違うみたいだな…。さっきのは俺に対する忠告だったようだ。『命が惜しければ身の程をわきまえろ』って事なんだろう。

 この女の名は『モグサ』という。クラスはハイクラスでも特に需要が高い『高位回復士』。こいつも幼馴染だ。


 こう見えて昔はおとなしめの優しい女の子だった。だが変われば変わるものだ。

 今じゃメイスを振る方が性に合うと豪語して憚らない。人を癒やすより壊す方が好きになってしまったんだろうきっと…。


 仮にも幼馴染。同じ孤児院で育った仲間達。


 そんな彼らに馬車馬と呼ばれ、それに相応しい超薄給でこき使われる。…なんて皮肉だろう。


(実際、やってる事は馬車馬…いやそれ以下だ。俺には『生きた人間を運べない』のだし…)


 だから素直にへりくだる。




「……すみません…」




 こんな『魔力無し』で『才能無し』な俺が、『ハイクラス』、しかもレア職ばかりを揃え新進気鋭と賞されるこのパーティに雇われたのだ。それだけでも光栄なこと…


(そう思うべきなんだろうな…いや、あんま考えんな…俺…)


 それに…これら貴重な素材を売れば相当な金になる。その金でこいつらも晴れて『アイテムボックス持ち』になれるはずだ。

 そうなれば俺に用もなくなる。よってもう関わる事もない。それに…



(……こんな無様はいつもの事だ。)



 そう思って堪えている最中。



 ───それを感じた。



(な、なんだ、、この、気配…)


「な…これ…大、…精霊…とかか?」


「いや、これは…そんなレベルじゃありません」


「…まさか『希少種』…いいえこれは…まさか…っ!?」


 幼馴染達も感じたようだ。

 口々に不安を口にしている。

 いや、恐慌をきたしている。


 それもそのはず。


 変異した魔物を総じて『変異種』と呼ぶのだが、その中でも特に珍しい変異を遂げ、その一体だけで街の一つや二つ壊滅させるような強力な魔物を希少種と呼ぶ。だがそれ程に危険な存在であっても所詮は魔物だ。ダンジョンという最強種には敵わない。


 そう。ダンジョンとは構造体でありながら生命体でもあり、この世界の全てを変えた元凶でもある。


『そんな怪物に比べれば強力であると恐れられる希少種ですらちっぽけな存在だ。勝てないまでも対処する』


 …そう思えるくらいの気概がなければ、ダンジョンの腹の中を探索なんて出来るはずもない。だが、


 どんな分野にも異例中の異例は存在する。


 その殆どが元は強力なダンジョンを守護するダンジョンボスだったらしいが、その支配すら及ばぬほど強力になってしまった徘徊型の個体…この残酷な世界の理をすら食い破る超越的存在。そして今まさに感じているこの気配…どう見積もっても魔物の範疇に収まるものではない。   



(まさか…『特異種』…っ?)

 


 ───ドクン───



 鼓動のような波動が伝播した。

 それを浴びた瞬間。


「ぐ、こいつぁ……どけえっ!馬車馬ぁ!」

「く、…早くしなさいよ!この愚図っ!」

「こ、…これは…さすがに…っ!」


 全員同時だった。一目散に逃げ出した。


 ただただ恐ろしかった。

 それしか感じられなくなっていた。

 まるで、実際に肌を灼かれているような。

 出遭えば確実に死ぬ。そんな波動。


「……くっ!囮となりなさいっ!」


 ゴシャぁ…ッ! 


「ぐあっ!な…」


 モグサなどは俺の膝をメイスで砕いて行った。囮にされたようだ。


 今の俺は【空白】というスキルのマイナス効果により、収納した沢山の素材で身体に尋常じゃない重さを感じ、相当動きが鈍くなっている。そんなのに構っていては逃げ遅れてしまう。これは…的確な判断、なのかもしれない。


(にしてもまったく…とことん祟ってくれるよな【空白】よ…『最期』までこれか…)


 そう、最期だ。きっと俺はもう助からない。というよりこの波動を感じた瞬間、すでに覚悟を完了していたのだ。俺は。

 

『昔の仲間の代わりに名誉の戦死…こんな俺には上等なのかもしれない』なんて潔く…いや、それはきっと都合のいい言い訳。

『やっとこの惨めな人生を終えられる』きっと、コレが本音だったのだろう。



 我ながら思う。

 ここまで落ちぶれたかと。



 だが甘かった。 

 俺は俺という者をまだ分かっていなかった。



 身体が、拒絶するのだ。死を。

 まず股間にぬくみを感じた。

 それが急速に冷やされて…これは…


 …失禁…しているのか?

 それにこの…声。


 喉を裂いて、弾き飛ばしてしまいそうな…

 これは誰の声なんだ…


「──────────!」


 言葉に成れなかったこの声は。


 ザッパー!

 レッコ!

 なんで!

 待ってくれ!


 反射的にすがっていた。そしてそれは許されるはずもなく。



 ゴギイッ!「ぎ…ぃっ!」



 俺の頭部は強打された。

 大量の血が視界を赤くした。

 殴打したそれは…メイス。



「何と図々しい…」



 (…モグ サ…)



「バカヤロー!何をやってんだモグサ!」



 まさか俺の懇願が届いた?それもあのザッパーが…──いや、俺はまた間違った。



「今日の戦利品は全部コイツの『腹ん中』なんだぞ?殺すならここじゃねえ!ある程度の距離なり時間なりを稼いでからだろうが!…っておいおい」



 ブシュ…ッ「ゴヒュッ」



 首。

 深く切り裂かれた。

 やったのは…短剣?



「おいおいマジかお前…。『昔は好きだった』とか言ってなかったっけか?」



 あのザッパーですら呆れたように呟いた。

 馬鹿な話だが俺も想定してこなかった。

 コイツ・・・に殺されるという事態を。



「…そうだったわね……長い付き合いだったわ…ソラ。」



(レッコ…お前…)



「こえーオンナだなぁお前は…でも…こうなっちまえばもう…ってこら…血濡れた手で触んじゃねえよ…」



 ジュゴンッ!「ぎ あっ…!」



 なんとか救いを得ようと伸ばした腕。それが肩口から斬り飛ばされた。出血はない。切り口は炭化している。それをやったのは、剣。炎を纏ったそれを振ったのは…勿論、

 


 (……ザッ パー……)


 そしてそれは腕だけで終わらなかった。


 ズブり。「ぶあ…っ!」

 腹を貫かれた。

 ズグリ。「ひぎぅっ!」

 しかもご丁寧にも捻じられた。



「…もうこうなっちまえば…なあ…しょうがねえだろ…?元は同じ釜の飯を食らった仲間とはいえだ…、戦利品を持って逝かれちゃぁかなわねんだよ…」


 …ああ、そうかよ。

 一応思ってくれていたのか。

仲間』だって。


「それに…どうせ殺すなら証拠を残しちゃなんねぇ…悪く思うなよ… ソラ。」

 

(悪く…思うなだと?素面でそれを言うのか…ザッパー?でも…久し振りだな…お前が俺の名を  呼ぶなんて …)


 ああ…そうだ。この期に及んでそんな事を思う俺が馬鹿なんだ。だからこうして、根本的に読み違える。

 まるで…悪い冗談のようにこんな事をやってしまえる…こいつらの邪悪さ…


(一体いつから、そうなってしまった…?)


「……クソッ……タレ…」


 ホント、クソッタレだ。

 お前ら全員…いや、

 全ての…『スキル持ち』…いや、



 ────この、『世界』────



 何故だ。

 何故、そうなんだ。


 俺の誇りを、尊厳を、存在の意義を、命の価値を、勝手に決めつけて、蔑んで、踏みにじって、それでも足りずと徹底的に壊しに来て… 


 俺はそれに、耐えてきたじゃないか。


 我ながら思う。健気だった。一途に頑張った。そのはずだ。あんな過酷に晒されてそれでもぎりぎりまで信念を曲げなかった。


 それすら跡形なくり潰された。それでもだ。生きてきた。


(なのにこんな…さすがにあんまりだ…そう思ってもいいくらいには足掻いてきた…そうだろう?世界…。それを──ナゼ…)


 その時だ。


 泣き別れた俺の右腕が地面にズブズブとめり込むようにして沈んで──それは、絶望の兆し。



「くそ!早くしねえと!」 



 ザッパーも叫んでいる。



(ああ…遂にか。『吸収』が始まった…)



 ダンジョンというものは、支配する領域内では死体など自身を構築する素材になるものは何でも吸収してしまう。つまりこのまま失血死すれば俺も飲み込まれて…


「おい!さっさと殺してずらかるぞ!こいつが死ねばスキルに収納されてるアイテムだって全部吐き出されるはずだ!」


 ザッパーめ。相当焦っているようだ。だがこれは…かつての仲間を殺す事になって生じた動揺じゃぁない…。

 もはやここまでくると現実だと思えない。俺の幼馴染達は一体、何になってしまったのだろう? 


「いいか?全部は持って行けねえ!だからコイツが死んで溢れ出たその中から『これは』って思う物だけ拾うんだ!いいか?じゃぁ、…殺るぞっ!」


 俺はただ…見つめるだけ。抵抗も出来ないまま、ただ惨めに殺される…その過程をただやり過ごすだけ。


(こんな……何故…何故…)


 脳内で周回するのは、無念のみ。


「待って下さい。彼とはそれなりに思い出があります。」


(…モグサ…庇ってくれ……)


 …る訳、ないだろ。いい加減学習しろよ…俺。


「ここは私がトドメを刺しても…?でなければ不公平です」


 ほら…やっぱりだ。


 ヌケヌケと趣味と実益を兼ねた提案をするモグサが、



 ───ああ…やめ…



 俺を見下ろし…



 ───やめろ…頼むから…



 メイスを振り上げ… 



 ───やめろ…ッ



 俺の頭部目掛け…



 ───やめろおお!



 全力で振り下ろすその姿を、ただ見つめ──



 ───やめてく───



 …それが最後の光景だった。


 俺は殺された。

















 そのすぐあとの事だ。



【やっと、見つけた…私の…空間。】



 俺があいつと出会ったのは。


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