第3話

「ふあぁ~ぁあ」


 昨日は良く飲んだからか良く寝れました。お酒に強くても朝には弱い、と思えるのも久しぶりです。


「あっ、時間が、バスが」

                   *

「あぁー、頭いて。うぅー頭いて」


 飲みすぎたか?そんな気はあまりしないが。


 今何時だっけ......あぁ、もうこんな時間か。水飲もう。


 それにしても昨日は驚いたな、飲む量も凄かったが今思えば飲んでたあの子は可愛かった。黒髪ロングって言うのかな、背は多分低めで細かったなぁ。うぅん、可愛かった。これがいわゆる一目惚れとかって言う奴なのだろうか。


「おっと、急がないと」


 満員電車は乗客を潰しながら右へ左へとうねりながらようやく駅に到着した。


 前を歩く大量の企業戦士達はまっすぐ会社に向かって歩いている。怠慢な俺の方を一人の戦士が見てきたと思ったが良く見たら非戦士が頭を押さえていた。


「おぉい、おはよう。朝から頭が痛くてまいっちゃうねー、ハハハ」


「頭痛がするやつは元気にしてんじゃないよ」


「えぇ?ハハ」


「明日になったらようやくの休みだ。張り切って行けたらいいな」


 怠慢と非戦士それでいて酒飲み。企業にとってこれほどいらない人材は無いだろうが、雇ってくれている間は働かないといけない。


 入ったところで目の前の受付かで何かを倒した音がした。警備員が「大丈夫ですか?」と走り寄っていく。どうやら受付の中で転んだ拍子に椅子なんかも全部巻き込んでしまったようだが大丈夫だろ...うか......。


「どうしたんだよ、立ち止まってさあ。受付で転んじゃったんだろ、大丈夫かは心配だけど間抜け面がひどいぞ」


 と言いながら二人、大勢居るなかで二人だけ間抜け面で突っ立ってしまった。


「あぁ、ここで働いていたの」


「運命的なものを感じるんだがどうだろう」


 そう、受付には昨日見かけた飲み合いをやっていた例の可愛いのが、転んだ先輩らしき人を起こして無事を聞き、周りに「大丈夫でした」と言っていたのだ。


「あっ、目があった。なんでだか恥ずかしい」


 酒飲みもそれには賛同しているようで


「あぁ、昨日見たのは忘れてあげたいとこだな」


「さっさと居なくなっちゃおうか」


「それしかないな」


 背中にまだ目線を感じながら二人で間抜け面そのままにエレベーターへと逃げ込んだ。

                    *

 小学生以来かの遅刻を覚悟していましたがどうにか間に合って良かったです。


「おはようございます」


 酒豪が顔をしかめていますがどうされたのでしょうか、


「はぁ、おはよう」


「どうしたんですか?どこか痛みますか?」


「昨日飲みすぎたと後悔してるのよ。なにがなんでもあそこまで飲む必要はなかったわ」


「だいぶふらついて居るようですが大丈夫ですか?」


「えぇ、大丈夫よ。ごめんね、昨日付き合わせておいて。ちょっとロッカーにいっていくるよ」


 酒豪がそんなになったら酒豪と呼べるのかを考えもしましたがそんなことは考えることができなくなりました。


 ガッッシャァーーン


 酒豪がふらつきすぎで転んでしまったのです! 大変です!


「大丈夫ですか!どこぶつけました?視点は合いますか?」


「あぁあいったーい。ごめん、ありがと。大丈夫よ、ちょっとじゃないけど転んだだけだから」


「なら良かったですけど...」


 周りの方たちに心配かけました。まだ立ち上がれない酒豪にかわって頭をペコペコしなければ。

 と、見たことがある顔を見ました。あれは昨日楽しそうにお酒を飲んでいた二人じゃないですか!この会社に勤めていたのですね、あぁ、一緒に飲んでみたいです。楽しく過ごせそうです。


 その二人は私が見るとさっさと居なくなってしまいましたがいつか一緒に! と心に決めたのでした。

                   *

「あんなに可愛くても分からないもんじゃないか?」


 酒飲みは「うーん」とうなった。


「たしかにそうだな、一緒にいたもう一人の方が飲むかと思ったんだが、それに張り合っていたからな、世の中分からないもんだ」


「一緒に飲みに行きたいな、どのぐらい飲むのかが気になるところだ」


「誘っちゃえよ、いつ暇かが分からないけど」


「それいいな、今度誘ってみるか」


 背筋に冷たいものが走っている気がする。


「なあ、何かゾッとしないか?」


「あ、する?俺もしてるんだけど。原因は一つだな」


 深くうなずく。


「「仕事しよう」」


 ――しばらくたって、お昼の時間。


「疲れたな。ようやく昼だな。梅のやか吉山家どっちがいい?」


 どっちも安くてうまいが、梅のやはとんかつがうまい、吉山家は牛丼だなぁ。どっちも負けず劣らずだが...。


「梅のやが気分だな、味噌かつが食べたい」


 外に出るとき受付をそーッと覗いてみた。例のか彼女は来客にそりゃ丁寧に対応しているところだった。


「いい事を教えてやろう? 俺の事を怠慢な奴だって昨日言ったろ」


「そんな風に言ったっけ?」


 全く身に覚えがないが。


「言ったよ、はっきりと。まぁそれでな、怠慢にならないというよりもストレスなんかをためないためにもこうして外に出るのはとても有効らしいんだ」


「なるほど、気分転換みたいな感じか」


 酒飲みは頭を縦に動かす。


「まさにそう、仕事の効率をあげるためにも外って言うのは偉大なものなんだってどっかで見た」


「情報元が不明か。でも間違っては無いよな、気分は晴れやかになるし、嫌な顔を見ていなくてすむしな」


 なんてとても重要な取るに足らない話をしてたら梅のやについた。


「俺はいってた通り味噌かつにしよう」


 横で酒飲みはうなっていた。こういう優柔不断なのが悪いとこなんて思う。


「どうした? 優柔不断は外でも変わらずか?」


「すまない。財布を忘れてきた。戻ったら渡すからさ、買ってくれ」


 前言撤回だ。優柔不断なのが悪いんじゃない。こういう所も全部悪いんだ。


「いやだよ、返ってきたためしが無いもの」


「いや、戻ったら有るんだって、財布がさ」


「何か代わりになるもの無いの?質にいれてもらおうか」


「えぇぇ。そんなおおそれた物なんか持ってないけど」


「スマホとかどうよ」


「それは違うじゃん。スマホはもう万じゃん、ここで払う額ではないじゃん」


「まぁ、確かにそうか」


 酒飲みはポケットを必死に探す。


「あっ!あった。無くしたかと思ったICカードの代わりに買ったらすぐ見つかって結局使ってないやつ、中身に五百円入ってるから許してね、ね」


 ここまで言っといてなんだが罪悪感がすごくなってきた。申し訳ないことしている、間違いではない。


「良いよ。戻ったらあるんでしょ、一番安いかつ定食ね、なんか...ごめん」


「えぇ!良いの?ありがとう!何で謝るんだよ!こっちがお礼を言わないとなのに」


 こうしているうちに仕事再開が迫っていた。

                    

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