第4話

 あぁ、もう来客が邪魔なせいで世の中にとても大事な居なくなったら企業戦死になってしまうぐらい大事な企業戦士を逃してしまいました。トホホ。


「お昼の時間だしなぁ、どこに行ったんだろう」


 会社から近い飲食店は梅のやか吉山屋、ほかにもあるけど安さを選ぶなら行かないはずです。


「それじゃあお昼の時間ですし、行ってきます」


 ウーム、お腹から空腹だぞって訴えが聞こえてきます、お昼は何を食べればいいのでしょうか。

 そうだ! 久々にお気に入りの爆裂庵に行って大爆裂庵定食でも食べましょう! そうしましょう!


「お弁当なんて作るつもりないですし」


 会社をさっさと出ておいしいカツを求めて全速前進面舵一杯です! 右には曲がらないのですが。エヘヘ。

 う~む、道中にもおいしそうな店がたくさんあります。途中一回梅のやをのぞいてみましたが、なんと満席で企業戦士を見つけることは叶いませんでした。


「見えてきった~ラランらららん」


 おぉ、なんといい匂いのさせる店なのでしょうかおなかにとても悪いです、胃が陰圧になって潰れてしまいそうです。


「大爆裂定食です、お待たせしました。熱いのでお気を付けください」


 おいしいよー! ってカツからの声が聞こえてきそうです。ここは老舗ですから声は低い渋めの声でしょうね。

 まずはソースをつけずにそのままいただきます、もちろんのことソースをつけるとおいしいのですがそのままもとってもおいしいのです。


「サクサクサク」


 あぁ、これを食べに来たんだ。意外と隠れグルメな私のお気に入りです、目に狂いはありません。二切れをそのまま食べたらのこりとキャベツにソースをドバドバとかけてしまいましょう。ごっご飯が進む、箸が、手が、口が、飲み込みが止まらない!

 揚げ油と衣にソースが合う! これはもう助演と言ってもいいぐらい、いやっ、肉と一緒にダブル主演がお似合いです! 

 お味噌汁もおいしくいただき、七人の神様は一人残らず全部食べてしまいました、おなかからは一杯でとっても幸せだぞーって聞こえてきます。次はいつ来ましょう、明日でもいいぐらいですね。

 嫌だなと思える仕事も食べ物のおかげで‟そんなこと思っていたのか”と思えるほどです。あの企業戦士の方ともいつか食べに来たいな。

                  *

 うん? 一緒に何かを食べたい? なにかとてもうれしいことが聞こえてきたな。


「なにぼーっとしてるんだよ、日本代表をここでも出してくるとはさすがだねぇ」


「だからそう呼ぶなって言ってんだろ、ホレ冷めるぞぉ食っちまうぞぉ」


 味噌カツは味噌がうまくないと最早カツですら無くなるが、梅のやは味噌カツしているから不満なところは何もない。


「さっさと食べろ、時間なくなっちゃうから早くしてくれよ」


 非企業戦士は嫌そうな顔をしてきた、急かしすぎただろうか、しかし食券を買うまでに無駄な時間をかけてしまったから時計の針があと数度動いただけで余裕がなくなるので本当に早く食べてほしい。みそ汁のおかわりもこれで何回目か......。


「おーし、あとはこの味噌汁だから待てよ」


「そもそもなんでご飯をあんなにおかわりしたかが謎なんだよな、なんでかサイドメニューまで買わされたし」


「まぁまぁ、後で返すからさ許してちょんまげ」


 ハァー、なんでかこいつを嫌いになることはないとどこかで確信している気がする。

 それはいい事なのかどうか。


「おし、食べ終わった。ごちそうさまでしたと」


「んじゃ行くか」


 腹八分で店を出る、帰りにコーヒーでも買おうかな。

 コーヒー缶を投げて遊んでいたらエントランスに入る直前、


「あっあの、初めまして......あの〜昨日」


 そう言っていたのは揚げ油の匂いをふんわりと漂わせる黒髪ロング、襟には衣が少しついている、可愛い彼女だった。


「あわわ、待ってくださいよ」


 とたんに袖を引っ張ってきた、周りの目線がこっちに向けられている。


「おっ俺?」


「そうです! あなたです! パッと見た感じから伝わる仕事愛にあふれていて、自分の出世よりも会社の未来を考えていそうなあなたです!」


 会社の未来って......なんてことを言い始めるのだろうか、今の感じから分かったことはこの子はよっぽど純粋無垢なんだろうなということだ。

 しかしなぜこの俺なんだろうか、横にいる怠慢奴と大して変わらないというのに。


「間違えました! あなた達です!」


「「おいっ‼」」


 ――――二三四分ぐらい後 エントランスの端っこの方


「すみませんでした、いきなり捕まえるのは不躾でした」


 私が一目惚れした相手は通勤ラッシュの真っただ中、バス停で先頭に並んでいたのにもかかわらず、ICカードの用意をしておらず、しかもタッチの時に手を滑らせて落としてしまい、後ろからの重圧のみならずバスを満タンにしている乗客、時間が命の運転手からにらまれてプレッシャーを感じ、そのまま乗っているのが苦しい時のような赤い顔でそんなことを言ってきた。

 女性にそんな顔で言われて文句が出る奴はたとえ仕事ができたとしても社会では生きていけないだろう。


「いいよ、もう気にしてないしさ。なっ、そうだろ」


 怠慢奴も少し微笑んで首を縦に振る


「あぁ、いいよ。小っ恥ずかしかっただけだし。暇じゃないのに暇だし」


 そう二人でいうと心底、まるで他人の机の上からペンが落ちそうなのに気づいて「はっ! 落ちてしまう!」と思いながらハラハラドキドキして落ちる直前に持ち主がペンの安全を確保した時のように、それに似たほっとした顔を見せた。


「それは良かったです。それでは本題に、昨日お二人は居酒屋で飲んでましたか? 飲んでましたよ......ね」


 ありゃりゃ、あんなに飲むことを恥ずかしがるかと思って話しかけもしなかったのに。

 それにしてもなんでこんなに輝いた目でいるのかがさっぱりわからん。もしかしたら一緒に飲みたいなんて考えているのだろうか、それはとても恐ろしい話である。怖いし恐い。並位が二人でも上位には勝てそうもないし、おそらく彼女は上上上上位だと思うし。


「ああ、うん。昨日確かに君もなんとなく見かけたような......見てないような、見ていないことにならないかなぁ、なんて」


「違うだろ、違うだろ! 確かにこの目であなたが飲んでいるのも見てますから、合ってます。昨日確かに飲んでましたよ」


 はははは、この怠慢奴はなんだかんだ嫌いになりそうもないなんて言った気がするが少し変更だ。‟バカ”だから嫌いにならない、なんだかんだじゃない、バカなんだぁ......。

 彼女が話しかけてきてくれて確かにうれしい、しかし一緒に飲むとなると体がもちそうにないのに......。どうにかごまかそうとしたのに。

 怠慢奴の言葉を聞いて彼女の顔はパアッと晴れ渡った。俺の顔とは反比例して。




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