エピローグ

エピローグ『そしてクズは恥ずかしそうに手を振った』


「……頭いってぇえええ……!」



 芦屋辰己・二十歳は、現在進行形で頭を抱えてその場で転げまわっていた。

 服が汚れる心配はしていない。元々、汚れてもいいような、自衛隊の装備を改造したようなスーツを着ていたから、気にしない。


 呻いて転げまわる辰己だったが、それも一分ほど続けると徐々に頭痛が治まってくる。

 軽い二日酔いくらい――十分最悪だが、活動できなくはない、というくらいまで状態を回復させると、辰己は体を起こして周囲を見渡した。


 そこは、石造りの部屋だった。


 見覚えがあるような、無いような。そんな部屋だ。

 床には魔法陣があるが、それこそ細かい部分までは覚えていない。

 だが、それでも、なんとなく辰己はここが自分が来ようとしていた世界だとわかった気がした。



「……いや、まだわからないけどさ……うん。

けど、なんとなく空気感がこんな感じだった気がするなぁ……」



 なんとなく、ここが『グディアント王国』であるような気がしながら、頭痛が完全に収まるのを待ちつつ、ノエと別れてからのことを思いだす。



 辰己が日本に戻り、二年が経った。



 その二年間は、激動の二年間だった。

 まず、辰己たちの世界側から、異世界に行く技術の『試作品』が作られた。

 その『試作品』の制作には、辰己が持ち帰った技術情報ももちろんだが――それよりなにより、『辰己自身』がもっとも重要な情報となった。


 本来、辰己たちの世界には魔力と呼ばれるエネルギーは存在しない。

 そのために、魔力を使う魔法という技術による転移を、能動的に行うことができなかった。

 だが、辰己は、その体に本来その世界に存在しないはずの魔力を宿していた。


 体が変化しているせいだろう、と研究者たちは言っていた。

 グディアント王国の善意で刻み込まれた、魔法を使えるようにする刻印。

 それによって、辰己の体内に魔力が残留するようになっていたのだと。


 これは公式発表されている限りでは世界初の事例であり、当然隠匿されて、日本国内だけで研究が行われた。

 異世界に自由に渡る技術が開発できれば、それは世界をリードする力になる。


 密かに研究は続けられ……ついに、辰己の体内に残る魔力を使って、転移する実験が行われた。


 それが、今しがたのことだ。


 転移実験の成功率は五割と言われていたので、まず生きていることが結構な奇跡だが、それ以上にグディアント王国に到着出来ているかどうかというのが非常に怪しい部分だった。

 まったく別の世界に転移する可能性も、十分にあった。

 あるいは、まったく別の年代のグディアント王国に転移してしまう、とか。

 それでも、辰己は転移を実行した。

 全ては……もう一度、この世界にやってくるために。

 そのために実験・研究にも長く付き合ってきたのだ。

 大学入学も断って、二年間、ほぼほぼすべての時間をそれに捧げてきた。



「さて……っと。いい加減、ここがどこなのかちゃんと確認しに行くか……」



 グディアント王国の方には、話は通していない。

 日本とグディアント王国との国交は細々と続いているが、まさか成功率五割の人体実験をするので、もしそっちに人間が到着したら連絡ください、とは言えない。

 そんな非人道的なことをしていると言うのは印象を悪くすると、政府の人間も思っていたのだろう。相手は欲を持つとはいえ善人な王なら、余計に。

 だから、辰己は到着したら『実験してたら転移できちゃった』という感じでグディアント王の方に話を通すように指示されていた。

 その後、問題なさそうであれば一旦戻って……それから色々と、行う予定になっている。


『色々』のことを楽しみに思いながら、辰己はゆっくりと立ち上がる。

 ……すると、入口の方に、動く影があった。


 誰か来たようだと、辰己は少し身構える。

 いきなり獣が入ってくる……ということも、無いわけではないだろう。

 だが、それは余計な心配だったとすぐに気付いて、辰己は警戒を解いた。


 入ってきたのは、鮮やかで艶やかな赤髪に、茶色の瞳、白い肌の女性。

 二年前より、少し大人びたように見える。それは、辰己の方もだろうが。


 驚いた顔で、手に持っていた掃除用具を落とした『彼女』に向かって、辰己は込み上げるものを抑えて、笑顔を浮かべる。


 それから、ゆっくりと、ぎこちなく手を持ち上げて、軽く振って見せて。


 二年前、共に過ごした日々で、何度か交わした言葉を紡ぐ。



「――ただいま、ノエ」

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善人だけの異世界で俺だけが悪人(クズ) 七歌 @7ka

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