四章『チートクズ、はじめました』4‐9
「な、んで……っ?」
辰己の頭の中が、一気に疑問符に支配される。
その隙を、アルムは逃さない。鋭い突きがみぞおちに打ちこまれ、肺の中の空気を無理やり吐き出させた。
苦しくて、思わず倒れ込む辰己。
だが、その視線がノエに向いていることに気付いたのだろう。
アルムは、なにか納得したように頷く。
「なるほど。あの娘が、きみの理由か」
「だ、から……っか、っは……わか、った……よう、な……げほっ、げほっ」
呼吸が上手くできず、悪態を吐くこともできない。
魔法は……使えるようだったが、辰己は、ノエの前で魔法を使うことにためらいがあった。
これ以上、辰己の醜いところを見せるのが、嫌だった。
辰己の魔法は、辰己の本質を凝縮したような魔法だ。辰己の、最悪な部分を凝縮したような魔法だ。
それを見たら、ノエはまた、辰己の元から去るかもしれない。
今、ここに来てくれた。そのことが嬉しくもあり、同時に辰己は恐怖する。
また逃げられたらどうしよう。
恐怖は思考と体を縛り、身動きをとれなくする。
もう、なにも、出来ない。
……そう、思っていたのに。
「戦ってくださいっ、タツミくん!」
ノエが、考えもしなかった言葉を投げかけてくる。
なぜ。
なぜそんなことを言うのかと、辰己がすがるような視線を向けると、ノエはいつもの、心のそこから心配でたまらないという顔を向けながら、叫んだ。
「私には! 私には、なにも、タツミくんのことがわからない! なんで手を払われたのかも! なんであんなひどいこというのかも! なにも! 全然わかんない!」
ノエの言葉は拒絶に似ている。
だけど、違う。
その言葉は切実で、優しくて。
理解を求める、言葉だった。
「わかんないけど……! でも、それでも、私はっ。タツミくんのわからないことも含めて! 全部、受け止めるからっ! もう、逃げないからっ」
だからと、ノエは。
辰己に向けて手を差し出すようにしながら、言う。
「卑怯でも、醜くても、かっこ悪くたって! 今度こそ全部受け止めるから、だから! 全部見せてくださいっ、タツミくんっ! 戦ってるとこも、全部!」
「の……え……」
遠くて届かない手に向かって、辰己はゆっくりと手を持ち上げて……そして、拳を握りしめ、軋む体に鞭打って、立ちあがった。
呼吸は整わない。――問題ない、魔法は使える。
痛みは止まらない。――薬はまだ効いている、耐えられる。
芦屋辰己は相変わらず醜くて、クズで、目も当てられない。
だがそれがどうしたと、辰己は笑みを浮かべた。
「……ああ、問題ない。問題ないよ、もう。
目が当てられないほどのクズだって、受け入れてくれるって、たとえ口だけだとしても、言ってくれた人がいたんだから」
アルムが迫る。
対する辰己は、アルムに向かって手をかざし、脇腹にある魔法と共に刻まれたアザを意識して。
「こんな俺が全て出しきるのを……望まれたなら、応えないとさぁ――っ!」
辰己が秘めていた魔法が発動する。その瞬間、辰己に迫っていたアルムが目前で膝を屈した。
アルムの顔には、戸惑い。そしてその全身には、辰己の体に刻まれているのと同じアザが増殖していた。
「これは……ふむ……体が重い? それに思考が鈍るようにも……これがきみの魔法か?」
魔法を受けながらも、アルムは平然とした様子だった。だが、効果が表れているのは見ればわかる。
だから、辰己は安心しながら語った。自分の魔法を。
「そうだよ。俺の魔法は他人の足を引っ張る。
俺の魔法にかかった人間は、一度発動したら半日は思考力、体力、全てが低下する!
発動まで放置した時間によって効力が増すから、かなりの間しかけられていたあんたの戦闘能力は今、ズタボロの俺レベルまで落ちてるってことだ……!」
辰己の魔法は、辰己がもとの世界でやってきた『他人の足を引っ張る』ことを、手順を省略して行うようなものだ。
初めて自分の魔法を理解した時、お前はそういうものだと決めつけられたようで、辰己は気分を落ち込ませた。
しかも、あれこれ苦労して足を引っ張るならまだしも、時間が経過するだけで簡単に他人の足を大幅に引っ張れてしまうこの魔法は、辰己をして『ズルい』と思わせるものであり、辰己は今まで可能な限り使用を控えた。
だが、もう、辰己の心にかかっていた枷は解かれた。
こんな自分でも、認めてくれる人が居るなら。
今使えるすべてを使ってやろうと、辰己は魔法を躊躇なく発動していた。
……だが。
「それは、都合が良い」
「……は?」
アルムは、ふらふらしながらも、木剣を構え直す。その目には、折れない闘志が宿っていた。
「きみを量るのに、わたしの力は過剰。であれば、同じ程度に落としてくれる方が量りやすいと言うもの」
「あ……頭おかしいのかあんた……」
魔法で弱体化させられて感謝されるとは思っておらず、理解不能な思考回路に辰己は思わず目を見開く。
意味不明ではあったが、その信念は確かなものであり、辰己は目の前の男がまぎれもなく辰己とは違う強者であり、善人であると感じた。
「きみに言われるのは心外であると感じるな。だが、続けよう」
ゆらゆらと体を揺らしながら迫るアルム。
一瞬辰己は後ずさりしたが、すぐに背後からのノエの視線を感じて、顎をひいて、腰のポーチから一本の無痛注射を取り出す。
「なら――勝負だ!」
「無論――いざ!」
満身創痍の辰己と、ふらふらのアルムが、ゆっくりと接近する。
そして、互いに、手にもったものを相手に近づけて。
……辰己はアルムの木剣を避けると、首筋に注射を打ちこんだ。
「あ……ひ……?」
言葉にならない吐息をもらして、ばたん、と倒れ込むアルム。完全に意識を失っており、静かに寝息を立てていた。
それを横目に確認して、辰己は短く笑い声を漏らす。
「は……やってられるか、あんたみたいな人の相手、もうこりごりだよ」
打ち込んだのは睡眠薬。しばらく、アルムは目覚めないだろう。
そうして、決着は静かについた。客席の人々はどう反応していいかわらかず戸惑っており、司会もなにを言っていいか迷っている様子だった。
だが、そんなものは、辰己にはどうでもよかった。
出入口の方から、ゆっくりとノエが歩み寄ってくる。
辰己は体を引きずるようにして決闘場から降りると、おそるおそる、ノエに手を差し出す。
「ノエ……俺。こんなんだけど……それでも。それでも、俺は……手を、何度でも……とって、ほしくて――」
言い終わる前に、柔らかな感触が辰己の体を包み込む。
優しい香りが、鼻をくすぐる。
辰己のことを抱きしめたノエは、鼻声で、だけど優しい声音で、嬉しそうな声音で、辰己の耳元で言った。
「もちろんです……タツミくん。
手をとるだけじゃなくって、私は、タツミくんの全部、受け止められるように頑張るって、決めたんですから」
ぎゅっと、背中に回された腕に力が入るのを辰己は感じた。それに、抱きしめ返すようなことは、今の辰己にはまだ出来ない。
だけど、いつか。
いつかノエのことを抱きしめ返せたらと思いながら、辰己はそっとノエの肩に顎を乗せて、本当に久しぶりに、少しだけ肩の力を抜いたのだった。
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