四章『チートクズ、はじめました』4‐8
上ってきたアルムを前に、辰己はマイクのスイッチを切って決闘場の下へ投げ捨てた。
それから、表面上はにこやかに、アルムだけに聞こえる程度の声音で話しかける。
「俺のあなたの考える『戦い』が違う?
……それがどうしたっていうんだ? 勝ちは勝ちだ。もう戦う意味はない」
「ああ。わたしもそう思う。きみの勝ちでよい……が、わたしの戦いは勝つためのものにあらず。
見極める戦い、それこそがわたしの戦いの意味。そのために呼ばれた」
剣を構えたアルムが、すり足で近づいてくる。辰己はゆっくりと下がりながら、どうにか説得の言葉を引き出そうとする。
「……言っておくけれど、俺はあなたみたいな達人には絶対に勝てない。
もう肌でビンビンに感じるんだ、やばいって。怪我じゃすまないって思うから、戦わない。
そっちだって、人を殺したくはないだろう?」
「殺さない。精々内臓が一つか二つ潰れる程度の事。そしてその程度ならば、苦しみはするものの、治癒可能である」
「嫌だよ!? いや、ホント勘弁して、俺、あなたと戦うのだけはヤバそうだからって手を尽くしたところもあるし――」
「――違うな」
あなたの力は認めてるんだよ、と褒める方向にシフトしようとした矢先に、言葉をさえぎられる。
「きみはわたしのことなんて微塵も、なんとも、考えていないだろう。きみの勝利への気持ちは、別のものが支えている。卑怯なことをするだけの理由は、わたしごときのために用意されたものではない」
心を見透かすような発言に、辰己は不快感で胸をかきむしりたくなった。
イラつきが、心を満たす。
被っていた笑顔の仮面が、ずるりと剥がれ落ちて、劣等感に満ちた獣の顔が露わになる。
「……だったらどうだっていうんだ? あまり知ったようなことを言うなよ、出来のいい善人が。反吐が出るんだよ、わかりもしないことを言われるのは」
――ノエだって。
ノエだって、辰己のことは分かっていなかった。
これからも、きっと、理解してくれることはない。振り払っても、善人の手を取れないゴミクズの悪人でも、それでも何度でも手を取ってほしいなんてわがままを、ずっと一緒に居たノエだって理解はしてくれなかった。
どこかに、行ってしまった。
一番近くに居たノエだって理解できていなかった辰己の心を、目の前のポッと出の男が分かったように口にするのは、辰己には我慢ならなかった。
「戦いたいなら、どうぞ。ご勝手に」
投げやりに言うと、アルムは『そうか』と頷き、木剣を構える。
「ならば、始めよう」
アルムの言葉が終わると同時、辰己は全身を一瞬で滅多打ちにされた。
見えるとか見えないとかそんなレベルではなかった。『感じられない』。
叩かれたと理解するのに遅れて、痛みが全身を駆け巡る。首から下全てに感じる激痛に、辰己は声も出せずにのたうちまわる。
「っが……っぐ……ぁ、が……っ! っぐぅっ!」
ゆらりと、アルムが再び構える。やばい、と辰己は横に転がると、さっきまで辰己が転がっていた場所を、えぐり取るようなアルムの木剣の斬撃が走り抜けていく。
こんなん喰らったら死ぬわ、と青ざめながら、辰己は腰につけていたポーチから鎮痛剤の最新型の無痛注射を取り出した。
ジャージの裾をめくると、腕の内側に素早く刺して薬剤を注入する。
薬はすぐに効果を発揮して、痛みが和らぐが、代わりに手足の動きが鈍くなった。
小型の酸素ボンベも取り出して、こまめに吸いながらどうにか動きを補おうとするが、アルムの剣は決闘場の上を転げまわりながら避けるだけで精いっぱいだった。
「ぎ……ギブ……っ!」
「戦え。きみをわたしが、審判しよう」
「くそったれぇえ……っ!」
痛みに漏れ出る涙を拭いながら、悪態を吐いて転がりまわる辰己。
使いたくなかったが、こうなったら魔法を使ってやると、覚悟を決めようとしたのだが……覚悟が決まった瞬間に、それを揺るがすものが目に入った。
『彼女』は、控え場所に通じる通路から、息を切らせて走ってきて。
大きな声で、名を呼んだ。
「……タツミくんっ!」
ノエが、なぜか、そこに居た。
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