四章『チートクズ、はじめました』4‐7


『お集まりの皆様、大変長らくお待たせしました!

全ての準備が整いましたので、これから異世界人、タツミ・アシヤと、書籍発行ギルドによる決闘を行いたいと思います!』



 マイク(に似た魔道具)を握る司会の男の言葉に合わせて、沸き立つ観客。

 それを、辰己は決闘場の中央で、書籍販売ギルドの代表と肩を並べながら聞いていた。

 決闘場の中には、辰己と書籍販売ギルドの代表しか立っていない。



『客席の皆様には、この世界初の決闘の見届け人となって頂きたいと思います!

では、早速始め――る、前に簡単にルール確認をさせていただきます!

ルールは簡単! 書籍販売ギルドの選出した戦士三人の内、二人に辰己選手が勝利を収めるか、否か!』



 視界の男はハイテンションに、客席に向かって語りかけていく。

 それを聞きながら、辰己はなんとなく客席を見渡して、見覚えのある姿が無いか探したが……見つかることはなかった。

 そりゃそうかと肩を落としながら、試合に向けて気持ちを切り替えていく。



『試合開始までに選手が決闘場に上がっていない場合には、自動的に辰己選手の勝利となります! では、説明が長くなりましたが始めましょう!』


「では、そちらも健闘を祈っています。

……怪我などは気をつけてください。うちの戦士は皆強いですから」



 試合が始まる、ということで書籍販売ギルド代表の男は決闘場を降りる前に辰己に声をかけてくる。その声音には、本気の心配が含まれているのがわかった。


 それを聞いて、辰己は思わず笑ってしまった。

 なんて暢気な、と笑ってしまった。



「安心していいよ、戦う必要なんてないんだから」


「? はぁ……?」



 首を傾げながら、書籍販売ギルドの代表は一段高くなっている決闘場を降りる。

 それを確認してから、視界の男は改めて口を開いた。



『まずはこちらを紹介しましょう! 異世界からやってきて、数か月で国中にその名前を響き渡らせている若き商人! タツミ・アシヤ!』



 わぁっ、と湧き上がる客席。だが、辰己は特になにもしない。

 手を振るべき相手なんて、特に居ないから。



『続いて、書籍販売ギルドの一人目は! 度を超した酒飲みながら、その魔法の実力は超一流! 魔道具研究者、クボ=ターディ・ファ教授だ――っ!』



 わぁっ、と再び客席が湧き上がるが……その湧き上がりは、すぐに収まって行き、戸惑いのざわめきに変わる。

 なぜなら、クボ教授が決闘場に上がってこないから。

 司会の男も、戸惑った様子で首をかしげている。



『え、えーっと……クボ教授? クボ選手? 控えているなら決闘場に上がってください!?』



 どんなに司会が呼びかけても、クボ教授は居ない。

 それは、そうだ。

 だって、クボ教授は動ける状態じゃあないんだから。



「――無駄だよ! クボ教授は来れない!」



 ざわめきの中、辰己が声を張り上げる。

 すると、ぴたりと客席のざわめきが止まった。



『そ、それはどういう意味ですか?』


「説明しよう。その前に……司会、あんたは審判も兼ねてるんだろ? 俺の一勝宣言の方が先だ。とっくに開始時間は過ぎてるぜ」


『え、あ、はぁ……えー、では、ルールにのっとって、第一試合はタツミ選手の勝利……です』



 司会が勝利宣言をすると、辰己は一度決闘場を降りた。

 それから視界に予備のマイクを借りると、もう一度決闘場にあがる。

 そしてマイクの具合を確かめてから、客席に向かって語りかけた。



『さて。じゃあ、クボ教授がこれない理由を教えるよ。

――その理由は至極簡単、俺が昨日、クボ教授の酒に薬を混ぜて、ついでに魔法も使って、今日一日くらいは身動き取れないようにしてやったからだ!』



 辰己の言葉に、客席がざわめく。

 まさか、なんで、と、辰己の行動理由が理解できない様子だ。


 まるで巣に花火を打ちこまれたネズミの群れのようなざわめきに、辰己は口元にとっておきの邪悪な笑みを張りつけながら語りかける。



『言っておくが殺したわけじゃないから、そこは勘違いしないように。

使ったのはアルコールの分解を阻害する成分を持ったキノコの粉末と、まぁまぁ強力な遅効性下剤だ。そこに俺のとっておきの魔法を使ってやればあら不思議、ザルなはずのクボ教授は、朝からゲロとクソを吐きだすだけの人間に早変わりだ!』



 はっはー! とわざとらしく笑い声を上げて見せる辰己。

 それに、会場が静まり返るが、視界の男だけが、声を震わせておそるおそると言った様子ながらも質問をぶつけてくる。



『な……なぜ、そんなことを?』


『何故? 勝つためだよ。勝つためには手段を択ばない――あんたたちの王様は、そういう生き物が異世界には居るって教えるために、俺をここに呼んだんだ。

俺は王命通りに! 今日! 別の世界の恐ろしさをあんたたちに教えてやろうっていうんだよ!』



 辰己が啖呵を切る――と、控え場所に繋がる通路から、一人の男が飛び出してきた。



「だったらその恐ろしさとやら、このオレが打ち払おう!」



 出てきたのは、安全のために穂先を布で包んだ槍を持った男だ。クボ教授やアルムと比べると年若く見える、筋肉質の男。服はアオザイ風のものではなく、武道着のようなものを纏っていた。



『来たな。ギグ=アル・ファ』



 二人目の対戦相手、ギグ=アル・ファ。

 ギグは辰己の立っている決闘場の上に真っ直ぐ歩いてくるが、それを制するように辰己は手の平をギグに向け、声を出した。



『止まれ! ギグ。お前がステージに上れば、想像を絶する恐怖がお前を襲う』


「はっ。オレは恐ろしい獣を狩って生計を立てている男だぞ? そんなオレがなにに恐怖すると言うんだ!」


『お前の家族が死ぬとしても?』



 威勢よく声を張り上げていたギグの動きが、ぴたりと止まった。

 そして、決闘場の下から、辰己を見上げ、鬼気迫った表情を向ける。



「それは、冗談で口にしていい言葉じゃないな」


『冗談じゃない。俺がこの……スイッチを押せば。お前の家族は木端微塵になるだろう』



 腰のポーチから、魔道具のスイッチを取り出す。



「家に爆弾をしかけたとでも? 残念だが、嫁も娘もこの会場に応援に来ている。家を爆破しても意味はないぞ」


『さて、それはどうかな? お前の嫁と娘とやらは、この会場に居るのか、本当に?』



 辰己の言葉に、ギグははっとした様子で会場内を見渡す。

 だが、嫁と娘の姿は見当たらなかったのだろう。

 その顔色が、みるみる青くなっていく。


 ギグの心に隙間が空いていくのを、辰己は手に取るように感じた。

 その――隙間に。辰己は静かな声で『恐怖』を挿しこんでいく。



『ギグ。お前は狩猟ギルドに所属し、獣を狩って生計を立てている。狩猟のために数日泊まることもざらだ。その間に……家で起こったことを、どのくらい把握しているんだ?』


「……嫁と娘になにをした!? 二人はどこだ!?」


『まぁ、聞いてくれよ。

俺はお前が家を空けている間に、お前の大事な嫁と娘と接触して、仲良くなったんだ。頑張ったよ。そして……二人は俺にとても大きな信頼を寄せてくれた。だから、俺のことを信じて、今この会場に居ないんだ』


「どこにやったと言っているんだ……!」



 ギグが、普段はまず発露させないであろう怒りの感情に任せて、決闘場に上がろうとする。

 それを見て、辰己は手元のスイッチを見せつけるようにしながら操作した。



『上るなと言ったんだ、ギグ=アル・ファ』



 特定のパターンでスイッチを押し込む。


 瞬間、客席から爆発音がして、煙が上がった。


 きゃあああ――、あああ――、と、悲鳴があがって客席から客が逃げ出す。


 ……後は時間との勝負。

 辰己は足を止めたギグを『説得』すべく、言葉を搾りだしていく。



『そろそろ第二試合の時間だが、お前が上らなければ試合は俺の勝ちだ。だからギグ、お前にはここに上らないでもらう。そうすればお前の大事な家族は助かる』


「ひ……きょう……なっ!」


『あまり迂闊な言葉は控えるんだな。手が滑る』



 ぽち、とスイッチを押すと、また爆発音と煙が客席で上がった。



『ボタンを押し間違ったらどうするんだ、お前の大事な家族をうっかり爆発させたら大変じゃないか』


「き……さ、……まぁあ――っ!」



 怒りの形相で叫ぶギグ。

 それを受けて、辰己は――笑った。


 時間はない。余裕はない。

 だが、それでも、つい笑ってしまう。

 この世界の住人に初めて向けられる憎悪に。怒りに。人間らしい反応に。

 出来のいい善人が、自分のとこまで落ちてくることが、おかしくて笑った。



『いいね、そうだよ、人間はそうでなくちゃあ!

ほら、怒れよ、上ってこれるならきていいぞ? ただしお前の家族は木端微塵になるけどなぁ!』



 辰己が煽るだけ煽ると、ギグは唇を噛みきり、血を流しながら、槍を投げ捨ててコロッセオの外へと走り出した。



『おいおい、戦わないのか? いいんだぞ、家族を見捨てて俺と戦って!

恐怖なんてしないんだろ? ほら、かかってこいよ! 家族を失うのが怖くないならさぁ!』


「怖いに……決まってるだろ! くそっ……!」


『帰る前に負け宣言してくれませんかねーっ?』


「負けだ! オレの負けだ! だから……っ!」



 ギグが涙目になりながらコロッセオを出て行く。おそらく、家族を探しに行くのだろう。

 客席は阿鼻叫喚で、司会も放心している。



『よし……司会! 勝利判定!』


『へっ!? あ、は、はいっ。二回戦、タツミ選手の勝利ですっ』



 辰己がやや焦り気味に叱咤すると、司会はようやく辰己の勝利を判定する。

 それを聞いて内心ほっと溜息を吐きながら、辰己は手に持っていたスイッチを操作した。



『んじゃ、ネタバラシだ。――盛大に爆発してくれよ!』



 スイッチの操作によって、今までで一番大きな音が、コロッセオの外から鳴り響く。

 だが、今度は音と煙だけではない。

 火の球が、高く、高く、空中に飛んで行って――爆発。

 空中に、光が文字を描いた。


【パパ、ガンバッテ!】という、異世界の文字を。


 最初、何事かと脅えていた観客たちも、空に文字が浮かび上がるとぽかんとした表情でそれを見つめていた。

 静寂に包みこまれる会場の中央で、辰己は『お見事』と大きく拍手を送る。



『今日のために、ギグ選手の家族が用意してくれた花火の魔道具! その設置を俺も手伝わせてもらった。

ちなみに、家族はコロッセオの外から花火がちゃんと飛ぶかの確認をしてもらうために、会場の外に居てもらっている。試合が始まる前に上げる、って約束したからな。もっとも……』



 ドタバタと、控え場所に繋がる通路から、すごい勢いでギグが走って戻ってきた。

 そして、辰己を睨むと、叫ぶ。



「お前ぇええええ――っ! 驚かせるんじゃねーよもぉお――――っ!」


『試合は始まりもしないわけだが。

――もう勝利宣言も終わってるぜ、ギグさん? ほら、家族と一緒に帰った帰った。

今日は仕事ないんだろ? 時間空いたなら家族サービスしてきなよ。

娘さん、さびしがってるよ? あんまりパパがかまってあげないと、嫁さんにも愛想つかされちゃうだろうし。仕事人間もほどほどにね』


「うるせぇばかやろ――っ!」



 叫んで、ギグは恐らく家族が待っているであろう会場の外へと走り去って行った。

 これにて辰己の二勝確定。



『……じゃ、まぁ。これで俺の勝ちってことでいいかな? 王様からのお願い通り、この世界の人間に、こういう卑怯なことする人でなしが異世界にはいっぱいいるよ、ってわかってもらえただろうし』



 辰己が優しい声音で語りかけると、観客たちは戸惑いながらも席に戻ってくる。

 今までのは王様からの命を果たすためにやったのかも……? なんてことを思ってくれているのだろう。

 善人ばかりなので、イメージ操作もわりとチョロイ。

 畳みかけるように、辰己はまとめに入ろうとする。



『とはいえ勝ちは勝ちだ。俺の主張は認めてもらうよ。詳しいことについては今から話し合いをすることになるけど――』


「……待たれよ」



 にこやかに話を続ける辰己の声を、静かな声が切り裂いた。

 声を出した男は、一歩、また一歩と辰己に近づき、そして、決闘場へと上がる。



「これ以上の戦いに意味はないかもしれないが、わたしの心に異議がある。それゆえ、戦いを続けさせてもらおう」



 壇上に上がった男は、腰に差していた木製の剣を抜きながら、鋭い視線を辰己に向けた。



「タツミ・アシヤ。きみの戦いは、わたしの思う戦いではない」



 三人目の戦士。

 アルム=レッカネット・ファの言葉に、辰己は笑顔を凍りつかせた――


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