四章『チートクズ、はじめました』4‐5


 時は過ぎ、試合前日。


 試合のためのあらゆる仕込みを終えた辰己は、最後の仕上げを行うため、ノエの両親の店を訪れていた。

 以前クボ教授と約束した、試合前の酒盛りを実行するためだ。

 事前にノエの両親に話は通してあり、貸きりに出来るようにお金も払っておいた。

 クボ教授との待ち合わせより一時間早く店にやってくると、シュナが出迎えてくれた。



「こんばんは、シュナ。ノエのご両親は?」


「おー、いらっしゃい。店長たちなら、アタシがタツミの対応しとくって言ったら先に帰っちゃった」



 言いながら、シュナはキッチンの方から頼んでおいた料理を机に並べておいてくれる。

 店内は少し配置が変えられており、酔っ払ったらすぐに眠れるようにスペースが作られ、マットのようなものが数枚敷かれている。タオルケットまで用意してあった。

 辰己は持ってきた荷物を適当にマットの隅に置きながら、準備してあったお酒を手に取る。



「ちゃんと数、揃えてくれたんだな、お酒」


「お金もらってるし、そりゃ言われた通り揃えるでしょ。

……で、何やってんの? 度数調べてる?」


「ああ。俺が呑む分とちゃんと分けておかないとな」


「法律違反になっちゃうから?」


「それもある」



 辰己は並べてある酒を、自分が呑める度数のものと、クボ教授が呑む度数のものとでそれぞれ別のテーブルにわけておいた。

 万が一にも、間違って飲むことがないように。

 それを首を傾げて見つめていたシュナだったが、準備が一段落すると、改まった様子で話しかけてくる。



「ところでタツミ、ノエと仲直りできた?」


「……、いや、まだ。というか、どこに居るかもわからないんだけど」


「え、ウソ? マジ? ……おっかしーなー、そろそろ謝りに行くって言ってたんだけど……?」



 やはりというか、シュナはノエの居場所を知っているようだ。

 とはいえ、聞いて教えてくれるものでもないだろう。

 それに、辰己も、場所を教えてもらったところで何が出来るわけでもない。

 今更会ったとして、なにを言えばいいのかなんて、さっぱりわからない。



「ま、気にしないよ。帰る前に一回くらいは挨拶したいけど。

ノエの両親のお店危なくしたり、迷惑かけてるのは事実だからね。ノエも顔合わせたくないだろうし」


「めちゃくちゃ気にしてる顔してるのになーに言ってんのよ」



 呆れた顔で言うシュナだが、辰己は無視。

 気にしている顔をしているといわれたら『そうだろうな』としか返しようがないので、なにも言わなかった。

 そんな辰己を見てシュナはため息を吐くと、準備を終えてエプロンを外した。



「んじゃ、アタシは帰るから。お金の類は仕舞ってあるから鍵はかけなくてもいいけど、一応お店の鍵の予備。あとで返してね」


「ああ。ありがとう、シュナ」



 礼を言うと、シュナは少し照れた様子で手を振って、荷物を持って店を出て行く。

 やがて、気配が十分に遠のいたのを確認してから、辰己は持ってきた荷物の中からいくつかのものを取り出した。



「睡眠薬……は、タイミングを見てだな。こっちの粉末をまず最初に飲ませて……混ぜると味が変わるからな……こっちの薬は……混ぜても平気か? えぇっと……」



 事前に用意しておいた取扱いのメモを見つつ、薬品をこっそりと酒や、シュナが用意してくれた料理の中に混ぜ込んでいく。


 もちろん、全てクボ教授が食べたり飲んだりする分だけに。


 薬品類は、日本からやってくる時に入れておいたものだ。辰己の鞄の中には、それら薬品類が大量に入っている。明日の試合の分も含めて。

 だが、大半は今日のクボ教授対策だ。

 確実に、クボ教授を潰すために。

 この世界の人間は基本的に酒にも強い。アルコールの分解能力が高く、依存症の症状も出ない。二日酔いになる人間もまず存在しないらしい。

 だが、それでも、アルコールによる反応は出る。

 酒を飲むと顔が赤くなるし、クボ教授は酔う感覚が楽しくて酒をやめられないでいる。



「クボ教授には、人生初めての二日酔いを味わってもらわないとな」



 にやりと唇の端を歪めている間に、準備が完了する。

 それに少し遅れて、店の扉がノックされた。

 生贄の到着に、辰己はさわやかな笑みを張りつけて、店の外にでた。



「ようこそ、クボ教授。明日の試合に備えて、今日は楽しみましょう――」


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